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この映画、どこのデータベースにもない不思議な作品。TSUTAYAのレンタルになっているにもかかわらずです。TSUTAYAのバイヤーがどこかで勝手に買い付けたのかな。
ジャケットにいろいろ書かれていますが、それほどのCGが使われているわけでもなく、映像で見せるというよりも心理劇のような内容です。
主人公が自分と同じアンドロイドをつくるのですが、そのアンドロイドがひょんなことから意志をもつことになってしまいます。
こういう書き方をするとつまらない話に思いえてしまいますが、制作費のかからないところが逆に効果的で、映像がシンプルな分人間の本質が描かれておもしろかったです。
カルトというか、B級映画ならではのいいところを持った作品だと思います。

[映画▼▼▼▼▽]

2007.05.27 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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アラン・コルノー

アントニオ・タブッキの原作を映画化したものです。原作を読まずして映画のほうを観てしまいました。これでよかったのかどうか。
行方の知れなくなった友人を追ってインドに来たロシニョル。少ない手がかりを元に、さまざまな人と交流をしながらインドの町をさ迷う。
インドの街はどこもかしこも謎めいて見える。出会う人が何かの秘密をもっていそうで、なにも知らなさそうで、気にかかる言葉を残しながら彼の元に現れ、そして去る。まるで異世界から舞い降りてきたようにさえ感じる。
占い女の言葉にもあったように、友人を探しているロシニョル自体が存在していないようにさえも思えてくる。ロシニョルを見下ろしている誰かが外の世界にいるような不思議な気分。探しているという友人のほうこそが主人公で、ロシニョルはその彼が作り出した創造物だと思うとすっきりするような気さえ。
誰も見つけられないままに時間だけが過ぎていく迷宮に迷い込んだような、浮遊感にも似た感じのする映画です。
先日見たザビエルの軌跡と重なるところも多く、妙な気分です。

[映画▼▼▼▼▼]

2007.04.25 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) |

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クリント・イーストウッド

硫黄島については、本やテレビなどでいくつか見てきたので、おおよそ想像していたような内容でした。
思ったよりも万人向けに仕上がっている印象でしょうか。わかりやすいと言えばわかりやすいですが、ほんとうの狂気の世界は描かれていないですね。役者の演技もそこそこ。
栗平中尉だけで戦争をすることの葛藤が描ききれてないので、アメリカ側の作品のほうを見ないとだめかな。両方を見てこそ価値のある作品ということのようですね。結局、戦争に勝者はないということだと思うので。
アメリカ人の描いた日本軍ではものたりなくて当たり前で、これは日本人がきちんとつくるべき作品なのでしょうね。そう考えるとちょっと情けないな。もちろん、イーストウッドには敬意を表しますが。
それはそれとして、正義のためなら戦争することをよしとする風潮に一石を投じてくれることを祈ります。

[映画▼▼▼▽▽大盛]

2007.04.22 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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ルイ・マル

『さよなら子供たち』、『死刑台のエレベーター』などを監督したルイ・マル。
そのルイ・マルがこういう映画を作っていたことにまず驚きました。イメージが違いすぎ。
主人公のザジはパリの地下鉄に乗りたいだけの女の子なのですが、地下鉄のストで乗れないままに街のあちこちで騒動を起こしていきます。
さすがにフランス映画だけあって、少女であっても理屈っぽいことといったらありません。ロッタちゃんの哲学かぶれ版(笑)
事情のわからない子供が知ったかぶりをしているのとはちょっとちがって、大人がいうようなことを言うなかなかの御ませちゃんです。
作品自体はさほどのストーリーもなく展開していくスラップスティックなコメディなのですが、見ようによってはなかなかシュールだし、『勝手にしやがれ』のようなぶつぎりカットがみられるし、ぼくの伯父さんのようなノリと音楽という作品。
一般的にカルトという評価もされていますが、さもありなんと思うことしばしば。まあ、一部からはいつまでも評価を受けるメモリアルな作品のひとつではあると思います。個人的には好きです。

[映画▼▼▼▼▽汁だく]

2007.04.16 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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李相日

これ、「常磐ハワイアンセンター」の話だったんですね。炭鉱が閉山する中、あたらしい街づくりにがんばった人たちの記録。
暗い炭鉱から、明るく陽気なハワイアンセンターというギャップをものともせずにがんばった女性たちのたくましさに感動。
応援して支えてくれる人、期待に応えがんばる人。人のつながりっていいものです。ベタでシンプルですが、いい映画です。
努力の先にある成功の涙はいつも美しい。

[本▼▼▼▽▽特盛]

2007.04.08 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) |

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ハインツ・ビュートラー

この映画がTSUTAYAのレンタルで並ぶとは思いもしませんでした。でも、かろうじて1本だけ。
93歳のアンリが、自らの写真について語ったドキュメンタリーなのですが、とにかくたくさんの作品が出てきます。そのどれもがすばらしくて出るのはため息ばかり。
最初は、こんな写真を撮りたいと思いながら見ていたのですが、だんだん諦め気分になってしまいました。とても撮れないですね、こんな写真。一瞬に切り取られた完璧な配置と構図。これに被写体の絶対的な表情や動きが重なる。もうこれは完璧。
彼の目の動体視力がすごいのか、図形処理能力が高いのか、頭の回転が速いのか、もしや風景画スローモーションで見えるのではと疑いたくなるほどです。
一般的な映画としてみるとどうかと思いますが、アンリ・カルティエ=ブレッソンが好きな人は必見ですね。
コレクターズ・エディションを買いたい衝動が...

[映画▼▼▼▽▽大盛り]

2007.04.05 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) |

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アルフォンソ・キュアロン

これはですねぇ、近未来で人間の生殖能力がなくなってしまったというお話です。もちろん原因はわからないのですね。それでもって、政府軍と革命団体が争っているので、町中が戦闘状態で瓦礫の山のようになっているわけです。
そんなときに一人の女性が妊娠していることがわかったものですから、さあ大変。出産も逃亡も人類最後の子供とともにっていうんだからとんでもないことです。この子が死んだらもうあとがないと。

こんなストーリーなんですが、とにかく起承転結に欠けるというか、要は戦時下を逃げまくるだけ。最後の子供に何か意味がありそうで実はたいした意味ももたせられずお仕舞い。トゥモロー号なんてお笑いですよ。ジュリアン・ムーアもよくこんな映画に出たものです。
こういう映画がレンタル屋にたくさん並んで、amazonのレコメンドでいいといわれてしまうと世も末ですなぁ。

[映画▼▼▽▽▽]

2007.03.26 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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ニコラス・ヴァニエ

美しいだけの自然を感じる映像は多いのですが、この映画の美しさは生活に根ざしたリアリティが支えている分だけ、厳しさをともなうほんとうの自然の美しさを感じられるものになってます。
最初、主人公だけが浮いたような印象をもっていたのですが、なんとこの人は実在する人で自然を守ることを信条として生きる狩人というではないですか。役者が演じていたのでなくその人本人だったとは驚きです。本人だからこそ役者のようなそつのない演技をできなかったのかと思うと、ますますこの映画のすばらしさを感ぜずにはいられません。
監督も冒険家だそうで、それがこの映画の地に足のついた映像を可能にしたのでしょうね。フィクションでありながら限りなくドキュメンタリーに近い絶妙のバランスをもった作品です。
ソリによる狩人と犬たちの移動がほとんどの場面を占めるのですが、それもただただ自然と向き合っているだけ。もっというと、ただ生きているだけという印象すらあります。生きる目的は何ですかとノーマン・ウィンターに問えば、自然とともにいることだけというだろうと思います。それ以上の目的などは感じられないですね。
「死とは命を受け渡していくことだ」という言葉が印象的でした。
時折はさまれる人との交流や愛情などさえもこの映画においては重要ではなく、生きるための補完関係という意味においては、人よりも犬との関係のほうが大切に思えてきます。いや、犬さえも人間に近いのかもしれません。物に満たされた街をあえて離れ、不自由な自然の中に身を置き生きる姿にことばにならない多くのメッセージが秘められていました。最後のトラッパー(罠猟師)ノーマン・ウィンターの祈りにも近い自然への思いがこめられた作品でした。
撮影はカナダ北西部に位置するユーコン准州。ノーマン・ウィンターの生まれ育った場所。グリズリーやビーバー、狼などのたくさんの動物も出てきます。監督のコメントつきで見るのも楽しみな作品です。

[映画▼▼▼▼▼]

2007.03.25 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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ベネット・ミラー

なかなか、深く重い映画でした。『冷血』を読んでいると余計にさまざまなことを考えてしまいます。
本のベリーが映画のカポーティに重なるというと言いすぎなのですが、「冷血」という言葉が、どちらかというとカポーティのほうに重なってしまうんですね。まちがっているかもしれないですが、それが一番感じたことです。
ベリーと話しながら、向かい合っているのはカポーティ自身とでも言えばいいのでしょうか。ベリーと会話すること記録すること自体が、カポーティのアイデンティティそのものだったのかもしれないと思ってしまいます。ベリーは、カポーティの冷徹な観察対象であっても、それ以上のものではない。かといって単なる作品の題材であったわけでもない。
一緒に育って、表玄関から出たものと裏玄関から出たものというカポーティの言葉にすべてが言い尽くされてしまうのかもしれません。ベリーの死と『冷血』の発表を最後とした作家として終焉が重なったのは、なるべくしてなったことだったのかもしれません。自らの肉体を切り刻むようにして書いた作品が『冷血』だったのだと思います。
ある日、自分のもうひとつのネガティブな人生を歩んだと思える人と出会ってしまったらどうでしょう。話しているうちに自分の今の人生にどんな影響を及ぼすのでしょう。なかなか怖い話です。事実は小説より奇なり。
このDVDを見て『冷血』を読むと、カポーティの顔が浮かんで読むのがつらくなりそうなので、両方という方は本を先にしたほうがいいと思います。

[本映画▼▼▼▼▽]

2007.03.21 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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ミヒャエル・ハネケ

カフカの「城」を映画化しようなどとよくも考えたものです。普通は思いつきもしないでしょうね。成功する可能性なんてないのだから。とはいうものの、その心意気に共感するものもあって借りてみました。
測量士のKをはじめ、フリーダ、バルバナスなどを登場人物の印象は結構よかったです。こちらが小説のモデルだったのかと思わせるようなキャストと演出はなかなか。普通なら小説とイメージが違うと思うところですが、この映画にはそれがないんですね。助手なんかもイメージ通りでした。
たださすがに不条理な世界を見せるところまでは叶わず、よくわからない映画で終わってしまっています。これは仕方のないことですけどね。切り捨てるように黒い画面で場面をつなぐところなどの工夫も含めて、原作の再現に工夫したところはいろいろと伺えます。
あとで気づいたことですが、このミヒャエル・ハネケという監督は『隠された記憶』や『ピアニスト』を撮った人でした。『カフカの「城」』は初期作品としてDVD発売されたようですが、この作品を見ることで、監督の作風がカフカに似ているということをあらためて知ることになりました。小説と映画にギャップを感じないのはそのせいなのかもしれません。きっとカフカにインスパイアされているところが多いのだと思います。

[映画▼▼▼▽▽特盛]

2007.03.17 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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那須博之

まあ、これほど酷評された映画もないんでしょうね。たまたまレンタル店で目にしたのが運のつき、思わず借りてしまいました。
決して怖いもの見たさというわけではなく、デビルマンのコンセプトとデザインが好きなもので(笑)
悪評はあちらこちらで散々紹介されているので、あえていいところを描きます。無理は承知ですが。
キャラクターデザインはやはりいい、デビルマンは不滅ですね。役者も顔立ちはいい。特撮もSFXで動くだけでいい。  BOOK50 くるしいぃ...

[映画▼▼▽▽▽]

2007.03.09 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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ロバート・スティーヴンソン

イギリス文学の名作『ジェーン・エア』の1944年の映画化作品です。本当は本で読むところを映画でお茶を濁してしまいました。
今風で言うなら恋愛ミステリーというところでしょうか。原作は読んでいないので詳細にはわかりませんが、かなり端折っている感は否めませんね。名作と言われる原作を思うと展開に少々無理があるようです。ジェーンが薄っぺらに思えるあたりからも原作のよさが伝わっていないのではないでしょうか。     BOOK42 もひとつ
作品というよりも役者で見せているようなところもあるのですが、オーソン・ウエルズのキャラクターが強烈な一方、主役のジョーン・フォンテインが今ひとつ。端正な顔立ちも無表情な演技も何かちがう。これではジャーン・エアというよりロチェスター卿の映画と言ってもいいほどです。
話は変わりますが、この映画を見て思ったのが怖さの演出です。ロチェスター卿の奥さんが画面に出てこないのにとにかく怖い。これに比べると最近の映画は怖さを映像にしすぎる。どんなものでも視覚で見せてしまうと陳腐化してしまうことを改めて思いました。昔の映画は今より文学に近かったのかもしれませんね。
BBC版の作品が原作に忠実ということで評判がいいようなので、いずれそちらも見てみたいと思います。

映画[▼▼▼▽▽大盛]

2007.03.03 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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アンドレイ・タルコフスキー

いつかは見ようと思っていながら後回しにしてきた『ノスタルジア』。i-PodG5購入をきっかけに移動時間を使って見ました。さらに自宅に戻ってもう一度。
冒頭の霧の仲の印象的な場面から一機に引き込まれていきます。迷宮への入り口に立ったような気分。しばらくは男と女がどういう関係で何を目的にイタリアに来ているのかさえもわかりません。
計算されつくした動きとカメラワークが鼻につくところもありますが、それを引き換えに得られた映像の美しさを思うと納得せざるを得ないのかもしれません。すべての場面がポストカードにできるほど美しいですね。写真のように場面場面が見るものに語りかけてきます。加えて音の使い方もとても印象深いものがあります。
ただ、映像や音の美しさはあくまで与件的なもので、タルコフスキーの真髄は精神世界を映像化しているところにつきるようです。彼の表現手法や言わんとしていることを1作見た程度で判断するのは尚早で、ネットに紹介されているおびただしいコメントも参考になりますが、それを読み取るにも自分の理解が足りなさを痛感します。もう少し自分の目で見て感じ取るしかないようです。
イタリアという異郷は何をもたらしたのか、詩人ゴルチャコフ、通訳エウジェニア、狂信者ドメニコという三人の関係は何か、聖水にも羊水にも浄水にも感じられる水は何を表現しているのか。
『ノスタルジア』はタルコフスキー自身の拒絶された思いと救済したい思いが入り組んだ「望郷」。ロシアと自由世界をつなぐ願いが込められた作品でした。
あらためて言うまでもなく、映画史に残る監督であることは間違いないですね。彼の作品を何本か見ていきたいと思います。

<覚え>
『アンドレイ・ルブリョフ』(1966)

映画[▼▼▼▼▼]

2007.03.03 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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フランク・キャプラ

『素晴らしき哉、人生!』はフランク・キャプラの最高傑作と言って間違いないと思いますが、この『或る夜の出来事』もラブロマンスとしては古典的名作のひとつだと思います。『ローマの休日』なんかも、これのパクリと言ってしまえるのかもしれません。
1934年にこういう映画をつくってしまうハリウッドはすごいですねぇ。まさにエンターテイメントそのものです。ひとり繁栄を謳歌していた国の余裕を感じさせます。
庶民の男と金持ちの女がうまくいってしまうというのは、実はあまりありえない究極の恋愛。愛は貧富の差を超えるなんてことを恥ずかしげもなく言い切ってしまうすごさ。
今では多用されすぎてわからなくなっている工夫がたくさんあるようです。それが何かはわかりませんが、まったく古さを感じさせないことがそれを証明しているようです。

[映画▼▼▼▼▽特盛]

2007.02.15 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |