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フランソワ・オゾン

生なましい場面から始まり、ちょっと引いてしまった。
別れからはじまると、どうしてもそういう見方をしてしまうのですよ。お似合いのカップルに見えないのは困ったものです。
それにしてもこれほど愛を感じさせず、「愛している」という言葉が上滑りする男もめずらしい。これじゃ、なんで結婚したのかさえわからない。
フランソワ・オゾンもわけのわからない映画をとったものです。これがうわべでなく本能的な愛の真実だというのなら、恋愛や結婚はあまりにもリスキーではないでしょうか。いや、そうじゃないな。これは愛のリスキーなきわどさこそを描きたかったのですね。そう考えれば深いし、エンディングは別れに向けたすべての岐路の始まりと見えてくる。
欲を言えば、『まぼろし』のように、もう少しさらりと描いてほしかったかな。

[映画▼▼▼▽▽大盛]
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2006.03.22 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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