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本村 凌二

古代の人々の心象、深層と言える感情、感性、意識をさぐろうとした本です。ここに一般の歴史書と一線を画したおもしろさがあり、壮大な歴史絵巻を見ているようでもありました。地中海世界の歴史と文化を知るために宗教を軸に民衆の心の変化をつかむための壮大な仮説と検証が行なわれています。古代地中海世界において多神教から一神教が生れた敬意を探る話は、知的興奮を掻き立てられずにはいられませんでした。森羅万象を神としていた地中海世界になぜ、ユダヤ教のような一神教が生れたのかは現代史(一神教対立)につながるものでもあり、歴史ロマンを感じさせられます。
本書は、楔形文字を生み出したシュメール人のアン神(神々の最高権威としての天空神)をはじめとした神々の話にはじまります。セム語系のアッカド人がシュメール人を統合したあとも信仰は引き継がれていきます。バビロニア王国のハムラビ王のころに書かれた、旧約聖書の創世記にも挿話された洪水伝説をもつ『最高賢者叙事詩』では、神の意向として病、老い、死、不妊があるとする内容となっているとのことです。この考えは、世界最古の叙事詩『ギルガメッシュ叙事詩』にも見られ、古代オリエントの諸言語に翻訳され広まったようです。ここでは、死を意識することを運命付けられた人間は、それを忘れるために笑いに生きる「快楽主義」をとるのだとされているそうです。
エジプトにおいては森羅万象の象徴として動物をあがめ、隼の頭をした点の神がいたるところにみられたそうです。殺された夫オシウスを再生させ冥界の王とし、息子ホルスを太陽神ラーさえも落しエジプトの王にしようとしたイシスの神話はオリエントに広く広がる女神信仰にも通ずるものとのこと。その後エジプトでは、パラオの覇権とともにすべての王権の守護神ホルスとして習合していくことになります。
エジプトでは来世信仰や「アマト(真理)」の精神が尊ばれます。そして、この「アマト」に心酔したのがアメンヘテプ四世。彼は一神教を説き、遷都とともに旧来のアメン神を葬り、アテンという神への帰依を宣言し、自らの名前すらアクエンアテンと改名しました。これが史上はじめての一神教の誕生だったといわれています。
その後、急激な改革への旧勢力の抵抗により、一神教の体制は崩れてしまったとされていますが、これに疑問を持つ人も多いようで、ヤハウェ神に選ばれたとするユダヤ教成立の遠因になっているのではないかという点についてはいまだに議論の尽きないところだそうです。フロイトにして、その解明のための発掘をできるほどの財産があれば、そのすべてを投じてもいいと言わしめたといいます。こういう話は想像するだけでも気持ちが高揚してしまいますね。唯一神の信徒を異端として海外に追放していたとしたら、そして、それがヘブライ人(イスラエル)だったとしたら。
岸田秀の「一神教は虐げられ抑圧された被差別民の宗教になりやすい」という指摘はとても興味深いものだと思います。不正に憤り侵略者に復讐するためには全能にして唯一無二の神が望まれるという主張は的を得た見解かもしれません。著者自身も、ユダヤ教の神との契約という特異な考え方にも抑圧と差別からの絶対的な開放を感じさせると言及しています。
その後のメソポタミアのカナンあたりでは、一神教を支えたものとしてアルファベット運動(文字の簡略化による共通化)があったのではとの仮説も示されます。「初めに言(ことば)があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」(「ヨハネによる福音書」より)という記述を知ると、さもありなんと思わずにはいられません。
アレクサンドロス大王の東征にはじまるヘレニズム文化においては、ポリスの衰退とともにオリュンポスの神々にも陰りが見え始め、東方発祥の愛と美の女神アフロディテや恋の神エロス、酒神ディオニュソスなどの影響を受けることになります。同時期、密儀宗教も東方から伝えられたといいます。『世界宗教史』の著者エリアーデは、この期に歴史上まれに見る宗教融合が起こったと指摘しているようです。著者自身も、このころのイシス女神への信仰は特定の所業を特定の神に結びつけることが困難になっていたことを示すものだといいます。
ギリシャ・オリエント系の宗教は慎み深い人々の多いローマにも押し寄せ、ローマの神々とも融合していきます。
なぜ、ユダヤ人のみが一神教にこだわったのかを説明する話として、ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』が紹介されています。これは命令する神と従う自分があったのだという仮説です、さらに脳の「二分心」が引用され、神の声を聞けることにつながる右脳の衰退を示しているのではといいます。その衰退は「文字の発展」と「危機と抑圧の歴史」にあったのではとの考察です。いずれも数多の神に頼るよりも自分の判断を優先するということにつながる事例です。ここにも一神教が生れた背景があったのではないかとの見解が示されます。
キリスト教はローマ皇帝ティベリウスの治世に処刑された男の復活を願う人々の間に生まれます。その男こそがイエスで、処刑前に禁欲主義の預言者ヨハネから洗礼を受け、福音を伝え歩いていたといいます。ヘブライ語読みでサウロ(=パウロ)という男は、天からの光によりイエスの迫害をやめることを諭され、キリスト教の普及に大いなる貢献を果たすことになります。救済を目指し神との一体感を求めるキリスト教は密儀宗教と思想を同じくし、信仰心の純真さを求められました。密議宗教の中心地タルソスで生れたパウロは洗礼や聖餐などの祭儀を教義とともに浸透させていったようです。
一方、遠距離交易に繁栄するメッカの地で、虐げられ貧困に喘ぐ遊牧民ベドウィンの間に神の啓示を受けたというムハンマドによりイスラム教がはじまります。ササン朝ペルシャという国家と宗教が一体化していった点は比類がないとのことです。
ユダヤ教から派生したキリスト教、イスラム教のいずれも女性に対して排他的であり、女性原理を無視していることは特筆されます。著者は多神教世界や女神のイシス信仰が性差に肝要で、その均衡に安定を感じていたこととは対照的であるといいます。神々の声を失い、自分の内に魂を意識するようになったとき”正しい振る舞い”だけでなく”正しい魂”を求められ、人間社会の妥当なルールを守ることから、それぞれに唯一の神への忠誠を求められることとなったとも。多神教の神は人間にささやきかけるが、人の心まで立ち入ることをしないのに対して、一神教の神は絶対神への帰依を求めることに疑問を感ぜずにはいられません。
世界宗教となったユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教が
対立する現代にあって、対立を解消するための多くの示唆が得られるいい本でした。

[本▼▼▼▼▽汁だく]

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2005.11.27 | 本  | トラックバック(1) | コメント(3) |

この本に限らず宗教について考えるときに一神教と多神教の対比は避けて通れませんから興味はあります。
一神教はそれを唯一絶対としてあがめるがゆえに他を許さず、それが争いごとの元にあるようなイメージがあるのですが、一神教の中に「対立する世界を解消するための多くの示唆」があると読まれたのでしょうか?
多神教の方が、他の神の存在をも「許す」という意味で争いごとは起きにくいように思うのですが。
宗教の基本も十分知らないぼくがこんなことを伺うのも何ですが、一神教の方が世界の対立を解消するのにいいのでしょうか?
もっと手前の基本を勉強しなければだめですね。。

2005.11.30 22:08 URL | junike #- [ 編集 ]

まとめがうまく書けてなくてごめんなさい。
一神教のほうが排他的で忠誠を求めるという意味で対立を生みやすいというのが本書の前提になってます。
どうしてそういう宗教が生れたのかを探っている本です。

2005.11.30 23:00 URL | uota #ogz9v/Dw [ 編集 ]

いえいえ、とんでもないです。
やはりそうですか。そういう前提になりますよね。
それがどうして一神教になっていくかを探るのであれば、やはり興味深い本だと思いました。

2005.11.30 23:19 URL | junike #- [ 編集 ]












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『多神教と一神教―古代地中海世界の宗教ドラマ』 本村凌二著 岩波新書 2005
要望が出たのでMIXIでWEB遺書のコミュニティを立ち上げた、 らぶナベ@キーワ...

2006.02.01 11:12 | まろまろ記

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