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大西 巨人

「宣戦布告」の有無にかかわらず、
どちらも、それが政治的殺人であることにおいて、
一様に「人殺し(テロリズム)」であり、
したがって、「人殺し(テロリズム)反対」は、
すなわち「戦争反対」でなければならない。
「戦争」ないし「国民国家」に関する通俗概念の徹底的な打破克服の道を確立すること、ここに、21世紀初頭の中心課題(当為)が、実存する。


読み始めてはみたものの、一見自由奔放に見える作風が捕らえどころなく振り回され苦戦しました。ただ、読み終わってみると思いのほか一貫した論旨に基づいた小説で、論考を小説にしたような作品に予想しなかった新鮮な読後感を得られました。
大西巨人という方がどういう小説を書いてきたかを知らないものにとって、この小説がいつもの形式によるものなのかどうかはわかりませんが、この作品に限っては、批評とフィクションがブレンドされたようなあまり例を見ない形式でした。
作品中での記述によると、もともと作品のタイトルは『「皇国」の縮図・インコ道理教』だったそうで、借景としてつかったオウム真理教(仏教)も天皇国家の日本(神道)も同じ穴のムジナ、「近親憎悪」のようなものと切って捨てています。これを軸に、殺人にかかわるすべてを否定したような内容です。それは死刑制度や戦争、憲法改憲などに及びます。
判断を明確にしないままの留保というような読み方もできるようですが、私には、それが現実世界の批判としての表現なのではないかと思えました。客観資料と一般大衆の思考をも取り込んだような構成が際立ちます。冷徹なほどに徹底して思考を求め、うわべの華やかさや俗情、俗信を排除しようとする姿勢に触発されます。
大西巨人をもっと読んでみたいと思わせてくれる1冊でした。

[本▼▼▼▼▽]

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2005.12.05 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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