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禅的生活


去年のちょうど今ごろ紫陽花を見に鎌倉に行きました
ついでに禅寺を巡ったのですが、そのときから鎌倉武士の精神面の支えとなった禅に強い興味を抱くようになりました
そんなこともあって、たまたまこの本が目にとまりました
禅が目指すのは「明鏡止水」澄んだ鏡面のような心という
よく言われる「無」という状態になるということですね
邪念を一切取り払って無心の状態になること
社会的な地位や先入観、感情、時間の観念、二元論の価値判断、こういった妄想を一切取り払い、最後には自己の存在すら無にしてしまうのだそうだ
これが本当に自由な状態と言う
禅問答のイメージのせいか禅は難解なものとの先入観があったけれど、考え方自体は意外にわかりやすいものでした
この本を読んでいるだけなのに不思議なくらい心と身体が軽くなります
これまで捕われていた西欧思想の理性とか理論とかいったものがばかばかしくなるほど
こうなるとマズローの自己実現もMBAのクリティカルシンキングもどうでもよくなってくる(笑)
やはり、ロゴス(理性)から出発し自己や世界をわかろうとする西欧思想が世界をカオス(混沌)とみるタオイズム(道教≒禅)に確実に近づいている
西欧では実存が自己の本質に先立つとしたサルトルの実存主義が禅に近い考え方
西欧で神や理性に縛られずはじめて自己の自由を獲得した思想ということになる
やはり東洋思想ほど奥深いものはないということでしょうか
とにかく自分の存在すら無にしてしまうこと以上のことはないですからね
数学で0を考えた出したインド人の発想などにも通じるような気がします
「楽しいことをする」のではなく「することを楽しむ」
すべてをあるがままに受け入れられるなんて、あまりに美しい生き方
生まれてこのかた捕われていた基準がいとも簡単に崩されていくような心地よさを感じました
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2004.06.03 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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