上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

amazonへ

康 芳夫

少し読めば、この人の頭のよさはすぐにわかる。学校で習うような頭のよさではなくて、自分で考え出す力のすごさ。
子供のころから武者小路実篤に原稿をもらったりと常人には考えが及びもしないことを平気でやってしまう。普通にならやらないだろうということを、人の深層心理をつくような形で実現してしまうのです。読んでいておもしろいことこの上ない。
ボリショイサーカス、トムジョーンス、モハメッド・アリの招聘とKGBやマフィアとの関係、ネッシーやオリバー君の話など興味は尽きない。とくに話題をふりまきながら実現しなかったアミン大統領と猪木の試合といった企画にこそ康芳夫氏の真骨頂があるようにさえ思えてくる。わかったようなビジネス本や哲学書を読むよりもはるかに得ることが多いのではないだろうか。
世の中不可思議な可能性に満ち溢れているなんてことも思ってしまう。胡散臭さというのは可能性という言葉と同義かもしれないとも。いかさまにこそ創造性を喚起するものであるとも言えるかな。

康芳夫氏は、戦後の動乱期に少年時代をすごしている。フロムなどの心理学に興味があることや、日本人と中国人の子供として生まれたことなどがあいまって、彼ならではの独特の価値観と行動力が生まれているように思います。実に、したたかで柔軟、かつ生きることに誠実な人です。

182
私にとって呼び屋の仕事というのは、ただもうかればいいというものではない。某プロダクションや企画会社のように、自分の利益や既得権益を守るためには手段を選ばないような連中の仕事ともちがうのだ。そういう意味では、「呼び屋」と言われるよりも「虚業家」と呼ばれたほうが、むしろ私にとっては、うれしいかもしれない。実業家のふりをする呼び屋連中よりも、世間をアッと驚かす虚業家として、人々に夢を与えれればそれこそ本望なのだ。
しょせん大衆は、夢や幻想、イリュージョンを求めて生きている、古代からの人類の歴史において不可欠な「神」という存在も、本当に存在するのかどうかわからない幻想、イリュージョンの中に人々が幸せを感じとっているゆえんなのだ。熱心な信者やローマ法王からはお叱りを受けるかもしれないが、私にとって宗教も虚業もある意味で同類のビジネスなのだ。つまり同じ穴のムジナにすぎないとも言えるだろう。


この一文を読めただけでも価値がある1冊でした。わが意を得たりというところもあります。
島田雅彦の書いている次のコメントにまったく同感です。

75
康芳夫が手がけるプロジェクトは大風呂敷であればあるほど、その哲学的、歴史的根拠は確固たるものになる。毛沢東やポル・ポトが哲学者であり、文学者であったように、康芳夫もぺてん師以前に哲学者であり、文学者なのある。

これだから本や映画、ゲームを含めたエンターテイメントはやめられない。虚の世界の奥深さですね。戦争を拒否しアニメやゲームに走る日本の生き方も、あながち間違ってないとあらためて思います。もちろん、それだけじゃだめですけどね。

[本▼▼▼▼▽特盛]

<br />人気blogランキング
スポンサーサイト

2005.11.12 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://slowfish.blog9.fc2.com/tb.php/641-ccc8d933

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。