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スティーヴ エリクソン

大震災で炎に包まれた近未来のロサンゼルスを舞台にして、主人公と友人のコラムニストヴェンチュラと恋人のヴィヴの周辺を取り巻く女たちがけだるくちょっと滑稽な世界を繰り広げる。
官能生活に生きる作家の話で、見ようによってはポルノ小説ですが、主人公にほとんど意図的なものが感じられないために、生きることの残りかすとなったエッセンス(本質)のような印象もあります。だから、いやらしさはさほどなく、人間らしさを感じたりもします。
決して女性に対して上位に立ちきれず、結果適当にあしらわれてしまう情けなさすら、自己の存在価値を見出す方法論としているような感さえ。そこが主人公の生き様なのですが、妙に自信がありそうなあたりはわかったようなわからないような。

アムジニアというのは「記憶喪失」という意味だとか。アムニジアスコープは「記憶喪失の領域」?
やはり、わかったようなわからないような。

8
炎は今でも燃えている。それは私と私の記憶のあいだの空間を、死せる焼け跡にする。私と未来のあいだの空間を死せる焼け跡にし、私を現在に座礁させる。ヴィヴが、わが肉欲の探索者が、両膝をついて私を貪るなか、炎は愛というものの定義を、いまだくすぶるパノラマの向こうを見やりつづける私のまなざしにすぎなくしてしまう。自分の夢を火葬すること以外、何の期待も持たずに生きることも私は気に入っている。夢が死んでも私のほかの部分は生きている。いっさいが燃え上がらんと、本能的欲望になり果てて。そのことを私がやましく感じているなど思わないでほしい。私の社会的良心が打ちひしがれているなどと思わないでほしい。私の良心は、私のこじんてき裏切りには傷つくかもしれないが、私の社会的裏切りに傷つきはしない。炎は、私と罪悪感のあいだの空間も死せる焼け跡にしてしまうのだ。いまこの、セックスが最後の破壊的営みである時代にあって、私はゲリラだ、ゲリラとして、おのれの炎以外いかなる炎も消しはしない白い小川にあって、私は良心を放出している。

こんなところに小説のエッセンスがあるのかな?
柴田元幸さんのあとがきに書かれている、将来の重要作家になりうるということばを読んでも釈然としないまま。駄作でないことは間違いないのだけど、何がいいとはっきり言えない本でした。

[本▼▼▼▽▽]

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2005.11.10 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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