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ファトゥ・ディオム

セネガルに私生児として生まれ、祖母に育てられフランスへ移民として渡った姉とイタリア・サッカーリーグで活躍するマルディーニにあこがれる弟マーディケ。
遠く離れたフランスとセネガルをつなぐ物語。
両国の過去の関係、セネガルの封建的な社会、フランスへありもしない幻想を抱くセネガルの若者たち。
フランスへ行ったものは、現実を隠し、夢を煽る。

テーマは決して明るいものではないのに、全編がみずみずしい輝きに満ち溢れる。
何がそれを感じさせるのかはわからない。セネガルの若者の疑うことをしらない純真さか、それともフランスに暮らす主人公のしなやかな強さか。
それとも、この作家の力量そのものなのか。
フランスでのサッカーの実況に始まり、セネガルでの少女時代の思い出、現実の生活などが読むものの心を引きつけてやまない。
作風、表現、構成、事実、そのどれもがオリジナリティにあふれ絶妙のブレンド具合と躍動感をもって楽しめます。
ときどき出てくる”日本”の文字に思わぬ近さを感じたりもします。
さほど期待してなかったので、ちょっと得した気分です。

いくつもの層を分けずに、積み重ねることのできる存在が評価されるところに、わたしの探す国はある。アイデンティティが分割されずに、違いが霞んでいく場所だ。大西洋の両側の腕が溶け合わさり、白熱とやさしさ、焼け付くような実存と生の喜びを表す薄紫のインクになるところが、私の探す国だ。わたしは白紙の上に自分の領土を探す。手紙は旅行鞄の中で場所をとらない。だから、旅行鞄を持って行くすべての場所が、わたしのうちになる。大西洋の海草はさまよい、あちこちの水から味を得ていく。海草の流れを止められる網はない。海底をひっかき、掃き、イカの墨に筆を浸し、波頭の上で生をつづること。海の民の歌う歌う風は、吹かせておけばいい。大洋は呼ばれた者だけを静かに揺すり、私に停泊地はない。運命がその多大な過失の解決法を隠すとき、尊く美しいものをたくさん探す者にとって、出発は唯一の地平線だ。桶の音の中で、おばあちゃんママンが呟くとき、海がハンモックから落ちた子供たちのオードを朗唱するのがわたしには聞こえる。故郷を去り、自由に生きて死ぬ。大西洋の海草のように。  

[本▼▼▼▼▽]
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2005.10.26 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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