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町田康

河内音頭にもなっている<河内十人斬り>という実際にあった事件を小説にしたものです。700ページ近い長編ですが、独特の調子もあって大きな波に押し流されるように読み終えました。

明治時代の話なのに、フリーターやエルボードロップと言うような現代的な比喩や事例が織り込まれ、「ぐふふ」「はっはーん」といったオリジナリティあふれる感情表現がちりばめられる。
形式にとらわれない表現と自信にあふれた奔放な文章が印象的。
子供のころはどうにも好きになれなかった河内弁がとても耳あたりよく聞こえるのは、町田康ならではのリズム感のせいか、それとも年を重ねいろいろな人の生き方を見たせいか。
とにかくひとつひとつの言葉が、これほどまでに躍動する小説を知らない。

物語は、殺人のトラウマをかかえ、自らを思弁的とする熊太郎が主人公。
その思いは、言葉にならず、自らの行動をなんとか客観的に理解しようとするが、どうにもこうにもつかみきれない。
自分の行動する理由や感情の根拠を明らかにしておきたいと考えるが、
うちに向かえば向かうほど、その心の不協和が暴走して外部に噴出する。

粗野であり繊細であるといったように、常に二つの側面が支え、引き合いながら生きる。
正義と悪が一人の人間の中に共生する、それも裏表の関係ではなく、両方が表であるような、人間の心理に迫る小説。
それは、人格の破綻を特異なものとするのではなく、破綻こそが人間の姿そのものとして受け入れようとするがごとく。
それまでの鬱屈を晴らし、昇天するがごとく描かれていく惨殺シーンはやけっぱちの自傷とも自虐とも感じられる世界でもあります。
そして、その思弁的な男の答えは「あかんではないか」。
う~ん、なんとも後を引くひとことです。

読む前は、弱さゆえに罪を犯した犯罪者を想像していたけど、読み終えてみると、思慮深く、その生真面目さゆえに、知らぬうちに悪と溶け合った愛すべき人物像が浮かび上がってきます。
ただ、それが本当に実在した熊太郎の姿だったかどうかは別の話です。
この本についてどう評価すべきかは、意外にむずかしいです。
たいしたことないとも感じるし、とても深く重厚な小説とも言えるような読後感です。
それはきっと町田康独自の軽やかさからくるものなのだと思います。
まちがいないのは、町田康の書く小説がやさしさにあふれているということ。
箸にも棒にもかからない、どうしようもない人間という生き物を心から愛しているのだろうと思う。
一歩間違えれば鼻につくほどの軽やかさを受け入れるほどには、人生をつかみきれていないというのが、現時点での感想になるのかもしれません。

ヤレコラセェドッコイサ♪ ソラヨイトコサッサノソラヨイヤサ♪

悲しくもおかしい人生に乾杯!

[本▼▼▼▽▽大盛]
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2005.10.12 | 本  | トラックバック(1) | コメント(5) |

文体が面白いですよね、まず。
でもラスト1/4のところで読むのが止まってます。
できれば一気に読み終えたい部分だと思うので体力がついたら読んでみたいと思います。
▲3つに特盛というのは微妙な評価ですね。

残念なのが、新聞連載時に挿入されていた挿絵版画をおそらくご存知ないということでしょう。あれは非常にマッチしてて評判がいいんですよ。
純粋に作品のみだけでも十分面白さは伝わると思うのですが、あの挿絵でイメージの固定化ではなく補充という意味で楽しめていました。

2005.10.13 06:11 URL | junike #- [ 編集 ]

この小説は新聞連載だったのですね。
そう考えると何かすっきりしました。
何か足りないと感じていたのは、単行本としての長いストロークでの深さです。
それが▼4つにしきれなかった理由のように思います。
挿入版画は畑中純さんという方のものなんですね。
ネットで見たのですが、とてもイメージに近くて驚きました。
この小説にうってつけの版画だと思います。
ラストは悲惨な結末ではありますが、熊太郎の思いの一部は遂げられたようでもあり、あれでよかったと思います。
元気になったら読んでみてください。
畑中純 注文の多い版画展
http://www.comicbox.co.jp/gallery/hatanaka/index.shtml

2005.10.13 21:45 URL | uota #ogz9v/Dw [ 編集 ]

版画がネットにあったんですね。
ただ、肝心の「告白」のものがないですね。
でも画風としてのイメージはまさにあれです。
葛木ドールの巨顔や森の小鬼のつり目とへんちくりんな髪型などは版画なしでは想像しにくかったのではないでしょうか?

ところで新聞連載は、単行本で正確に言えば415ページの3行目までです。でも新聞連載終了向けの終わり方をしていたので単行本とは違っています。これから先に待ち受けているであろう暗雲を予感させるような終わらせ方になっていたので、連載終了時にはものすごい中途半端な消化不良感を感じていました。

415ページ以降は一気に書き下ろしだったと思います。

2005.10.14 20:54 URL | junike #- [ 編集 ]

そうなんです、告白はないのが残念。
415ページ以降は理不尽の倍増っていう感じですね。
最後の暴走へ向けての怒りをどんどんためこんでいくようです。
それにしても415ページまででは、読者もさぞや消化不良だったと思います。
まったく完結してないですものね。
出版社が読売新聞傘下の中央公論ですから、書籍を売りたかっただけだったのかも。

2005.10.15 00:07 URL | uota #ogz9v/Dw [ 編集 ]

ぼくもその術にはまってしまったというわけですね(笑
でも、悲惨な結末であってもある意味思いを遂げられたのならそれはそれでよかったのかもしれないですね。

2005.10.15 06:05 URL | junike #- [ 編集 ]












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町田康【告白】
熊太郎は思いと表現が一致しないという違和感をかかえながら最後までもがき続ける。あるとき獅子舞の獅子を被った熊太郎は、自分がかぶりものの裏側を通して相手を見ているのに対して、人がかぶりものの表側を通してこちらを見ているそのずれを、思いと表現が一致しないと..

2005.10.25 23:06 | insuladulcamara

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