上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

鉄塔家族

佐伯 一麦

東北の海辺のある町に暮らす、作家の斎木と草木染をする染色家奈穂の夫婦。
二人が賃貸で住む集合住宅のとなりでは新しいテレビ塔の建設が始まっている。
物語は奇をてらうようなところがまったくなく、失業や定年、単身赴任、同級生、老後、家族問題、病気、植物、鳥といったどこにでもある話題が数多の登場人物とともに紡がれていく。
そう、まさに草木染のように。
決して明るく楽しい話ではないのだけれど、なぜか落ち着いた気分に満たされます。
主人公の二人の生活がこのままでありますようにと思わずにいられません。
500ページを越す大版の長編ですが、毎日を生活していくように読める不思議な小説でした。
小説というより作者の実生活と思わせるほどのリアリティを感じます。
佐伯氏の過去の作品には登場人物の名前こそ違え、今回の作品につながるものがあるのだとか。
それもありなんと思わせられる作品でした。
きっと、また続きの作品が生まれるのでしょうね。
読み始めは、この小説に起承転結はあるんだろうかと心配してしましたが、中程まで読み進めたところで作者や登場人物のやさしさにふれるように感じ始め、後半は読み終わるのが惜しくさえ感じました。
ふつうの生活をそのまま受け入れ暮らす人たちに心惹かれました。

「衆」、「野草園」、「野鳥の羽根図鑑」、「アオバズク(青葉木菟) 」、「海藤抱壺」

348
「シェークスピアの芝居の『テンペスト』の中に、《われわれは夢と同じ材料でつくられていて、われわれの生は眠りにつつまれている》って科白があるんだ。
つまり、自分の夢心地な気分の中に、栗爺さんの姿が現れるのと同じように、いつしか自分の存在も、また誰かの夢心地の想いの中に出てくるかもしれないだろう。
自分だけの人生だと思っているその回りは、実は大きな眠りの世界が取り囲んでいると考えると、一回きりの人生ははかないものだけれど、だからこそ永遠の世界にも属しているという、あたたかくもさびしい満足感のようなものをもたらしてくれる気がするんだ」
スポンサーサイト

2004.09.06 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://slowfish.blog9.fc2.com/tb.php/401-18024459

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。