上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

アフターダーク

村上春樹

「風の歌を聞け」から25年になるのだそうだ。
どうりで自分も年を取るわけだな(笑
自慢じゃないですが、村上春樹はデビュー作を読んだあとはひとつとしてまともに読んだものがない。
「風の歌を聞け」を当時あまりおもしろいと感じなかったのがいけなかった。
デビュー作だったので雰囲気だけの小説かななんてことで安易に片付けてしまった。
というわけで私にとっては25年ぶりの村上春樹になります。

いくつかの場所を舞台にして、23時50分から夜明けまでそれぞれに時間が進行する。
11時56分から6時57分。ここには明らかにもうひとつの時間の流れが。
いろいろな登場人物は出きますが、浅井エリとマリの姉妹を中心に物語は構成されます。
意識のはっきりしない姉の浅井エリは自分がどこにいるのかさえもわからない。
一方の妹のマリは夜中に家を出て、デニーズにいるところでエリに心をとらわれるタカハシ・テツヤと会い、ラヴホテル・アルファビルで起こった暴行事件に関わることに。
それそれの時間がどこかでつながるのかと読み進めても一致点は見出せないまま。
ただ、二人の姉妹が睡眠と覚醒ような表裏の関係にあるような不思議な気分にとらわれます。

夜明け前の無意識と意識の狭間を漂うような心地よい世界はまさに村上春樹ワールド。
作中の言葉にある「質量を持たない観念的な視点」が全体を包み込んでいます。
映画に出ている人の視点から、映画を見ている人の視点を感じるような小説です。

人に自分でも意識できない深層心理があるように、時間の流れにも同様なものがあるとでも言っているような内容でした。真夜中という裏の時間を描くことにより、それを描こうとしたのでしょうか。
レム睡眠とノンレム睡眠のことをふと思い起こしました。

やはり、村上春樹氏はたいした作家なのだということを痛感しました。
夜の余韻がしばらく後を引きますね。
早速、夜のしじまへ歩き出て見たい気分になりました。
ちなみに和田誠による装丁もこの作品にぴったりの秀逸なものだと思います。

タイトルはカーティス・フラーの「ブルー・スゥェット」に収められている「ファイブ・スポット・アフターダークから取られています。
タイトルの関係はわかりますが、曲調にはちょっと違和感を感じました。

ブルースエット

カーティス・フラー

ファイブ・スポット・アフターダーク 試聴

アフファビルのほうはゴダールの作品との関係はわかるようなわからないような。
あまり問題ではないのかな。

アルファビル

ゴダールのアルファビル
-本文抜粋-

いずれにせよ、夜のうちにその部屋の中で起こった一連の奇妙な出来事は、もう完全に終結してしまったように見える。ひととおりの循環が成し遂げられ、異変は残らず回収され、困惑には覆いがかけられ、ものごとは元通りの状態服したように見える。私たちのまわりで原因と結果は手をむすび、総合と解体は均衡を保っている。結局のところ、すべては手の届かない、深い裂け目のような場所で繰り広げられていたことなのだ。真夜中から空が白むまでの時間、そのような場所がどこかにこっそりと暗黒の入り口を開く。そこは私たちの原理が何一つ効力をもたない場所だ。いつどこでその深遠が人を飲み込んでいくのか、いつどこで吐き出してくれるのか、誰にも予見することはできない。
スポンサーサイト

2004.09.07 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://slowfish.blog9.fc2.com/tb.php/397-7a5ec68e

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。