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いしい しんじ

いしいしんじを読むのは『プラネタリウムのふたご』から三作目。
寓話のようなタッチはこれまでと同じ。
違うのは、少し泥臭さや人間臭さが増したところでしょうか。
いしいしんじ氏に言わせると「善と悪、生と死のような、両方の照り返しで見えない中間地点を掘り返すのがテーマだった」とのこと。
寓話のような物語世界に、人間の姿を浮かび上がらせようとしたそうです。

めにみえる、ぜんぶすべてのひょうめんは、かわのてりかえしですよ

表向きは泳ぎが得意で相手の気持ちを察することの苦手なポー。
その母であり川を守るうなぎ女、路面電車のすけこまし運転手メリ-ゴーランド、その妹ひまし油、天気売り、犬じじ、埋め屋、などとのちょっと妙な交流が描かれる。
登場する人々の対象として描かれる純粋無垢なポーは、悪と善の境目すらも判然とせず、ほとんど実態をもたないような生き物。
人間の自らへの問いかけを映す鏡のよう。
でも、物語の主人公は紛れもなく川、すべてを飲み込み流れ続ける川そのものなのかも。
それも泥とゴミがうねるように流れる川。
ポーは川の化身のようにも感じる。
川底に住むうなぎは川に命を落とした人を餌にする。
川が人間の本質と深く関わる存在として位置づけられる。
とにかく、川やポー、うなぎ女などのメタファー(隠喩)としても描かれ方がすごく心地いい。
精神世界と自然界が溶け合っていくような物語です。
母体の中で話を聞いているような気分にさえなります。

私の生まれ育ったところも街の中央を川が流れていました。
そこで洗濯をし、食器さえも洗う生活。
なまず、うなぎ、亀なども見かけ、ときには動物の死体も流れた。
豪雨の後は橋さえもながされそうなほどの濁流となった。
思い出せば、生活が川そのものだったような気さえします。
『ポーの話』はそんな子供時代を思い出させる。
童話のような体裁をとってはいるけど、おそろしくリアルなイメージとなって浮かび上がる小説です。
小説に出てくるものや人たちがみんな実在していたような不思議な気分にさえなります。
これこそがメタファーのうまさなのでしょう。
この小説は、おおかみ大橋、西おおかみ駅、しろくま橋、こまどり橋などというメルヘンチックな名前にとらわれてはいけません。
現代の宮沢賢治はますます磨きがかかっています。
毒の聞き具合もちょどいいころあいかもしれません。
なかなか深くしっとりと味わえる小説でありました。
いしいしんじの本をそれほど読んでないのに、代表作なのではないかと思えるほど出来のいい作品でした。

だいじょうぶだ。
何も心配はないさ。
ポーには、川がつながっている。
白い鳩に守られている。


今夜は、「スフスフ、スフスフ」といううなぎ女の声が枕元に聞こえてきそうです。

[本▼▼▼▼▽]
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2005.08.10 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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