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横手 慎二

幼い頃、曾おじいちゃんが日露戦争の時に撃たれたあとだと言ってふくらはぎの傷跡を見せてくれた。
肉親で唯一の兵士経験者だった。
この戦争に関わった多くの兵士の中の一人だったと考えると、今更ながらなんともいえない気持ちになる。
国からの赤紙1枚により戦場へ送り込まれる理不尽な世界。
曾おじいちゃんがに教えてもらった日露戦争が今自分のものとしてじわりと身体に染み入っていく。

日露戦争が日本の国家としての存亡をかけたものだったのか、韓国、満州の支配をめぐる戦いだったのかは意見の対立するところなのだそうです。
この本はその点を探るものではなく、いかに戦争が始まり、日本が勝利し、どういう結果を招いたのかというところを淡々と史実に沿ってとらえたもの。
1900年前後の日本とロシアを取り巻く情勢がとても克明に書かれていて興味深く読むことができました。
ほぼ100年前の1904年2月2月8日、連合艦隊による旅順港外のロシア艦隊への奇襲攻撃に始まった日露戦争。
歴史はちょっとした誤解や憶測を交えながら思いがけない方向に進むもの。
山形有朋のロシアに対する疑心がなければ交戦的な姿勢をとることはなかったのかもしれない。
清との友好関係を進言した蔵相ウィッテの意見がニコライ2世に取り上げられ、タイムズ紙のモリソン反ロシア的な一部誤った情報がなければ歴史は違っていたのかもしれない。
シベリア鉄道の工事状況を正確に捉えていれば日本の決断は違っただろうし、ロシアの作成した詳細な地図が日本の手になければ戦局は大きく異なったかもしれない。
もし、クロパトキンとアレクセーエフの力関係が違っていたら...
もし何かひとつでも違っていれば、その後の日本の帝国主義への道を閉ざしていたかもしれないし、列強の植民地政策に巻き込まれていたのかもしれない。

単に革命間近にあったロシアの政情不安が日本に勝利をもたらしたのかと思っていましたが、話はそんなに簡単なものではありませんでした。
満州、朝鮮をめぐるロシアと日本の政治的駆け引きは一言で言い尽くせるようなものではなく、ひどく複雑で入り組んだものでした。

読み終わって感じるのは、この20ヶ月に渡った機関銃や塹壕戦などを使い世界の近代戦の先駆けともなった戦争に何の意味があったのかということ。
結果としてその後に与えた影響は多々あったにしても、戦争本来の目的は、国家間の欲望をぶつけあっただけにしか見えないのはむなしい。
日本側の戦闘関与者108万人、戦死者8万4000人、戦傷者14万3000人。
ロシアもほぼ同等。
ある日突然届いた召集令状で、隣国に船で送られ、生死を懸ける。
唯一の救いは、捕虜の多くは国家の意向により戦闘をしているだけという認識のもとで扱われたということでしょうか。
ただ、個人間の憎しみによるものではなかったところがいいようであり、逆にむなしいようでもあります。
イラクやアフガニスタンではなく、自国の周辺で起こった戦争は、とても身近な怖さを感じさせてくれるものでした。
最近起こっている世界各地で戦争は、なんだかんだ言っても日本人にとってはヴァーチャルなものになっているのかもしれません。

『バースト・ゾーン』を書いた吉村萬壱史が、「人類の歴史を見ていくと、殺し合いの歴史」と言うふうに言っているのが最近が気になってます。
人間の本能にそういうところにあるのなら、相当考えることがありそう。
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2005.07.08 | 本  | トラックバック(1) | コメント(0) |












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『日露戦争史』
 日露両国が戦争に至るまでの経緯から、戦争中の各戦略、戦後の条約締結まで、非常に簡潔に解りやすく書いてあるので、日露戦争に全く詳しく無い私でもすらすらと読め、理解出来ました。それぞれの国の施政者がすべて同じ考えであったワケが無いわけで、おのおのの国の国際

2005.08.03 23:14 | カラダよろこぶアジアめし

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