上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

amazonへ

データ

フェデリコ・フェリーニ

監督グイドの苦悩と解放がテーマ。
彼の周りで掃き溜めのように渦巻く関係者の期待と思惑。
休む間もなく賞賛と忠告の言葉が押し寄せる。
いっこうにうまくいかない奥さんや女性たちとの関係。
いつまでも消えない過去体験。
自己の閉塞感をうまく表現することもなくひとり苦悩する監督グイド。
グイドだけが蚊帳の外に置かれたようなコテコテの群像劇が続く。

決めていたんだ。嘘や妥協のない正直な映画をつくりたいと。
ごく単純なことを言うつもりでいた。
我々の内部で死んでいるものをすべて葬り去る映画だ。
だが、ぼく自身が過去を葬れない。
塔ができた今になっても混乱している。
なぜこんなことに。
どこでまちがえた。


偉くなると道化のようになるものなんでしょうね。
自分は誰のために何をしたいのかわからなくなってくる。
やりたいことなんて何にもできない。
まわりのすべてが疎ましくて仕方がない。

今あるがままのものを積極的に受け入れたときに、本来の自分らしさに目覚め、精神が開放されるってことかな。
決して理屈っぽくならないで寓話的なユーモアを残すところがフェリーニらしくていいですね。
「人生は祭りだ」と言い切ってしまうところがとっても好きです。
ラテンの血にはかないません。

計算されつくした美しさに溢れる画面構成。
流れるようなカメラワーク。
願望と現実、現在と過去、幻想と事実、メイキングと本編などがいっしょになった不思議な構成。
フェリーニの世界を堪能しました。

次は『甘い生活』かな。
スポンサーサイト

2005.06.26 | 映画 | トラックバック(1) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://slowfish.blog9.fc2.com/tb.php/274-a985269d

『8 1/2』  フェデリゴ・フェリーニ  1963年
(Eight And A Haf)おどろおどろしくないんだけど、爽やかじゃない世界。うまく言えないけれど。女たちに男が追い詰められていく様子を見て、市川崑の『黒い十人の女』を思い出した。趣きはぜんぜん違うけど。

2005.07.29 20:58 | 華麗に舞う文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。