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ギッシング

文筆家としてさほどの成功も得られず、生活に苦労しながら迎えた晩年に予期せぬ遺産を手にしたことから、都会を離れ田舎暮らしをすることになった主人公。この主人公の言葉を借りて著者のギッシングが心情を吐露している散文です。
この境地は、お金の苦労がないからか、人生の悟りが開けたからか、いずれともいいがたいところはありますが、自然に囲まれ本を読みながら余生を思索に耽るという誰もが羨む幸せな人生であります。
空しさに時間をもてあますことなく、かといって必要に迫られるでもない読書にひたすら時間を費やせる贅沢に憧れを感じるといいたいところですが、ライクロフト氏にするとそれほどのめり込めるような状況でもないようです。貧しいころと今の境遇を比べながら、どちらがよいともいえないまま人生を閉じていく空しさのようなものを言葉の端々に感じます。
決して泣き言を書き連ねているわけではないのですが、とても満足のいく人生でもないようです。若かりし日に送った赤貧の日々は老齢になって遺産を受けても満たされることはないというのが悲しいところ。
満たされない思いを引きずったままに、過去の記憶と今ある自然を重ねながら過ごす残された日々。どうにかこうにか自分の中で折り合いをつけながら終焉に向けた準備をしていくという感じです。
こう書いてしまうと、救いがないようですが、これがぎりぎりのところでよしとする心だとでも言われているようです。人生は結局こんなもので、変に上ずった話でなく、若かりし日の少しの後悔と晩年に出合った少しの楽しみでつじつまを合わせるような生活に読者が共感を感じるところにこの本の読み継がれる所以があるのかなと思います。あえて今を大切に生きるなどということも云う必要はないようです。もちろん読書好きには本の話がたくさん出てきて楽しいのですが、それはこの本の主題とはあまり関係ないかもしれません。
表紙に書かれている自然の描写の美しさ云々といったことよりも、田舎に暮らしながら世情に反応し、プライドを捨てられず細かなことに意見をし続けるイギリス紳士のおかしさにもあるのではとおもってしまいました。ちょっと、愚痴っぽいところもかわいらしさなのでしょうか。
個人的には本さえも必要としないほど自然と一体になって人生を終えられたら幸せだと思います。死ぬときぐらいこの世の雑念に未練なくありたいものです。そう、本はきっと雑念なのです。

#セカンド・ライフにどっぷりつかりすぎ、早朝からジョギングで汗を流す

[本▼▼▼▼▽汁だく]
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2007.07.16 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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