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森山 大道

82年の4月から83年6月にかけてアサヒカメラに連載されたエッセイだそうです。当時父親がアサヒカメラを購読していたので、もしかすると目にしていたのかもしれません。最後のほうの自伝は後から付け足されたものです。
読み始めたらやめられなくなるほどに密度の濃いエッセイでした。くどくなくとってつけたような表現もなく、それでいてことばの一つひとつに意味を感じられる濃密な文章です。読書が好きだという著者の面目躍如ともいえる素晴らしさ。この本だけを手にしたなら、写真家なのか文筆家なのか見まがうほどの高いバランスに驚きました。
エッセイごとに本業のモノクロ写真が2枚づつ添えられているのですが、当然この写真も文章に負けず劣らず強烈な存在感を感じさせます。寺山修二が森山の写真を賞して「ハキダメが写ってるもんネ」と言ったそうですが、まさにそのことばに言い尽くされていると思います。
見せ掛けの世界があふれる世の中にあって、こういう風に生きることそのものを写し出せることに嫉妬すら感じてしまいます。いつも感じるハキダメが汚いものにしか写せないことへの苛立ちが頭をもたげてきます。ほんとうはそういう写真を撮りたいのに、どうしても上辺の美しさでお茶を濁してしまうんですよねぇ。
大山の文章を読んでいると、心がひりひりとします。ほんとうのことを見ているのか、ほんとうのことを知ろうといているのか、そしていつも自分に正直でいるかと問われているような気持ちになります。
地図というエッセイで昔で会った西城慶子というクラブ歌手の話がでてきますが、自分自身の眠っていた記憶装置を呼び覚まされるようなショックを受けました。著者のいう「記憶」とは何かのいったんを垣間見るようでした。アラン・レネの『24時間の情事』をもう一度見てみたいし、多くの若者に影響を与えたジャック・ケルアックの『路上』も早く読んでみないとと気ばかりがあせります。これはもう失われた青春時代の再考とでもいう心境でしょうか。
最近まったく縁遠くなってしまった一人旅をしてみたいなぁと若かりしころを懐かしく思い出しもしました。

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写真家が。「今だ!」と思って撮っている現実らしきものが、じつは彼方に溶け込んでしまっているきりのない世界の過去と、何かが道をやってくるような、遠くからある戦慄をともなって向かってくる、どこか予感や不安に満ちた未来の世界と合流点なのではないだろうか。いいかえれば、記憶とは過去をくりかえし再生するだけのものではなくて、かぎりなく打ちつづく現在(いま)、という分水嶺を境界線として、記憶が過去を想像し、さまざまな媒体を通過することで再構築されて、さらにそれが、来るべき未来のうえにも投影されていくという、かぎりなきサイクルのことではないだろうか。


#台風の近づく朝 静かに1時間

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2007.07.15 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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