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東京国立近代美術館で開催されているアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真展「知られざる全貌 De qui s'agit-il?」に行ってきた。大きく引き伸ばされた生写真を前にすると少なからず興奮を覚える。
ほぼすべての写真はネガの枠のところまで焼かれ黒く縁取ったようになっている。これはトリミングがされていない証。それにもかかわらずいずれもが完璧な構図ということにあたらめて感動。
ただ有名な「サン=ラザール駅裏」がほとんどないトリミング作品のひとつというのもご愛嬌。カメラの制約からくるトリミング前提の撮影だったとは思うが、大胆なトリミングがされていたことにちょっと驚く。
後半のポートレイトを見ているときには思わずほくそえんでしまった。みんな深刻な顔をしているのに、アンリ・カルティエ=ブレッソンのまなざしによって、ベールを取り去った隠し切れない内側を感じさせてくれる。これを感じられたのは貴重な体験だった。表に出る笑顔のようにわかりやすくないけど、複雑な感情があふれ出ている。
デッサンを好んだアンリ・カルティエ=ブレッソンには幾何学好きな一面もあったとのこと。たしかに写真にもそれをを感じさせるものが多いことに気づく。油絵にいたっては想像以上に幾何学的で意外だった。
本人の手によるヴィンテージ・プリントの豊かな灰色の諧調には絵画への執着を感じられて印象的な展示だった。
彼の座右の書のひとつに『弓と禅』があったとか。写真というのは一瞬を切り取るという意味で日本人独特の嗜好に似ているのかもしれない。日本人のカメラ好きも単なる道具好きや記録好きなだけではないと考えてみると写真と東洋思想の関係に新鮮なつながりを感じられる。やはり一瞬勝負のフィルムカメラは誰がなんと言おうといい。
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2007.06.21 | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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