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ロレンス・ダレル (高松雄一訳)

これは、活字の可能性を感じさせてくれる傑作かもしれません。すでに20世紀を代表する文学とも言われているのだから、まちがいなく傑作なのでしょうね。
とにかくテキストが自由に踊っているように感じられるところがすごい。「美は乱調にあり」ではないですが、次々と繰り出される比喩の数々が決して邪魔をせず、なぜか美しさを醸し出しているんです。詩のようだというと語弊があるかもしれませんが、数行ごとに気になることばが出てきます。ことばと向かい合うことの至福を感じさせてくれる小説ですね。
込み入ったストーリーなどほとんどなくて、複数の男女の関係が書かれているといえばそれまでのもの。にもかかわらず物語に引きずり込まれるのは、つかめそうでつかめないそれぞれの意識の移ろいが心象風景のような曖昧さで連なっているせいでしょうか。表面的に現れる事象にはさほどの意味もなく、すべてはそれぞれの心のうちにあるのみ。その心の内を文字にしてイメージさせてくれているようです。そこには何かを明快に判断できるような説明もなく、その背景にある心の揺らぎだけを辿っているようです。
個人という概念すらもアレクサンドリアという都市の中に溶け込んで見えない。この都市はほんとうにあるのか、登場人物たちはそこに実在すているのか。何もかもが舞台となる”場所”に縛られ踊らされ、そして見放されていく。
終盤に近づくにつれ、登場人物の影が薄くなっていくような奇妙な体験。読み終わるころには一生をある場所で過ごすことの怖ささえ感じるようになってきます。
この小説は4つの連作からなるということさえ知らずに読み始めました。次はバルタザールが主人公の恋愛感情の記録を否定するということになるようです。こうしてまた事実と思われていたことが霧散していくのでしょね。そしてこれこそが、この本の醍醐味なのかもしれません。
彼らのいる場所はいったいどこなのでしょう? そこで何かが起こることに意味があるのか。
一冊目にして小説の醍醐味をとことん感じています。わからないのに次を読みたいという衝動にかられる。なかなか貴重な読書体験をしているような気がします。

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歴史意識を有する詩人として、ぼくは風景というものが人間の願望に支配される領域だと考えざるを得ない-ねじ曲げられて農場や村落となり、耕されて都会となる。人間とそえRぞれの時代が書名をなぐり書きした風景。しかし、いま、ぼくはこういう願望は土地が伝えてくれるのではないかと考え始めている。人間の意志の内容はおのれの居場所に左右されるのではなかろうか。ゆたかな実りをもたらす土地に住んでいたか、不毛の森に住んでいたかによって変わるのではなかろうか。



・ぼく 売れない作家
・メリッサ ギリシアの娘で踊り子 弱い子 エルサレムの診療所に入る 女の子を残す

・ジュスティーヌ アルノーティと別れネッシムと付き合うがぼくと不倫 失踪しパレスチナのユダヤ人集団農場へ
・ネッシム 実業家 ジュスティーヌの夫 ジュスティーヌにぞっこん\r
・クレア ジュスティーヌを昔愛していた女 金髪
・バルタザール ネッシムが嫉妬するジュスティーヌの友人 男色 結社(カバル)に関係 ヨーロッパ系ユダヤ人
・アルノーティ 『風俗(ムール)』にジュスティーヌのことを書いた作家
・ボンバル 昇進 ぼくにヨーロッパへ帰ることをすすめる\r
・パースウォーデン 小説家3冊執筆
・カポディストリア バルタザールの友人 マレオティス湖鴨猟大会の最中に事故死\r

[本▼▼▼▼▼]
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2007.06.17 | 本  | トラックバック(0) | コメント(2) |

最近、生本屋でとても気になっている本です。
やはり、面白そうですね…

2007.06.17 23:31 URL | yu'e #- [ 編集 ]

生本屋で気になるということは、きっと帯に魅力的な紹介がされているのですね。
図書館ではさっぱり人気がないみたいで借り手がいないようです。
もはや古典になってしまっているのかも。

2007.06.18 08:50 URL | uota #ogz9v/Dw [ 編集 ]












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