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R.L. スティヴンスン(小沼丹訳)

先日読んだ『イギリス的風景』の中で紹介されていた本です。
著者はあの『宝島』を書いたスティヴンスン。若干28歳のときに書いた紀行記だそうです。
イギリスの旅行記というと、以前ジェローム・K.ジェロームの『ボートの三人男』をとても面白く読みましたが、この『旅は驢馬をつれて』もそれに勝るとも劣らないイギリスらしいウィットに富んでいて大切な1冊になりそうです。
この本の旅行は、驢馬のモデスチンとともにフランスを12日間かけて120マイル旅した記録です。当時、驢馬で旅するというのが一般的かどうかはわかりませんが、寝袋を持って露営する旅行はなかなか珍しいものだったようです。カトリック教徒とプロテスタント教徒をはじめとした日々出会う人たちとのできごとを綴ったものなのですが、スティヴンスンの皮肉っぽい視点がなんともイギリスらしくておもしろおかしく読めます。
つれて旅した驢馬が雌なのですが、思うように動かない彼女に対するスティヴンスンの風当たりの強さとスティヴンスン自身が遠くにいる女性への思いを募らせていたことなどを重ね合わせると単なる記録であったり笑い話ではなく、スティヴンスン自身の姿が見え隠れしてきて、旅行記に深みを増してくるから不思議です。うまく説明できなくて歯がゆいのですが、イギリスらしいなんとも上質な旅行記であることは間違いないようです。こういう本好きです。

57
私はどこか行くところがあって旅するのではない。ただ、行くために旅する。旅するために旅するのである。肝要な点は、動くということである。われわれ人間生活の困窮と故障をより身近に感ずることである。この文明なる羽布団から降りて、足下の地球は花崗岩であり、鋭利な火打石が散らばっている、ということを見出すことなのである。悲しいかな、われわれは年をとるにつれ、世事に心を奪われるにつれ、一日の休暇でさえも、骨を折って得ねばならぬものとなる。凍りつくような北空から吹くつける疾風に逆らい、荷鞍の上の積荷を押さえて行くことは、決して立派な仕事ではない。しかし、それだって、一事に専念させ心を落ちつける点役に立つのである。だから、目下このように骨が折れるのに、誰が未来について思い惑おうか。

[本▼▼▼▼▽特盛]
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2007.05.06 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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