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蜂飼 耳

以前『孔雀の羽の目がみてる』という本を読んで、この人のもつ日常を見る目にえらく感心しました。若くしてどうしてここまで深く洞察した視点でものを見られるのか不思議でなりませんでした。
今回も読んだ印象は変わりませんでした。日常であることに無限の豊かさを感じられるエッセイです。前作を読んだときと印象が変わらないので、上記書名をクリックしてみてください。
前著を読んだあとにテレビで見た蜂飼さんはとても普通の人で、ほんの少し好奇心がある若い女性という印象だった。こんな普通の人の頭からこんなエッセイが紡ぎだされるのかと思うと不思議な感じがした。
詩人というのは、普通のことをじっと見ているうちに、その奥に潜むものを嗅ぎ取る力に優れるのかもしれない。
ただ、始めて読んだときの印象が強すぎたせいか、今回のほうが少し感激が少なかったかな。

100
詩とか詩人とかいうと、浮世離れしたイメージを抱く人が多いだろう。だが、本来はそうではない。詩ほど現実に直結し、現実から養分を吸い上げて別のかたちに花開かせる力を持つものはない。日本語では、詩人という語は、気障かつ滑稽なニュアンスで使われがちだ。けれども、詩を書く人間たちは、必ずしも花鳥風月を愛でて眠りこんでいるわけではなく、自分の感情を吐露するためにだけに書いているのでもない。言葉の手を握って、引いて、普段の場所から連れ出し、新しいものの見方を示すもの、それが詩だ。


[本▼▼▼▼▽汁だく]
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2007.04.11 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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