上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

amazonへ

村上 護

志ん生の落語を聴いていると、どうしても生き様そのものを知りたくなる。こういう噺をできる人はいったいどういう人生を送ったのだろう。よく耳にするのは酒に溺れ、寄席の席すら気分しだいだったという話。そんな生活をしていてこれほどの芸をものにできるのだろうか。
本の装丁もなかなかいい。この写真ひとつにも志ん生の人となりを感じさせる。読む前からますます興味が尽きない。

昭和の名人は八代目桂文冶、四代目柳家小さん。戦後は桂文楽と古今亭志ん生といわれるが、志ん生は現役時代にはさほど評価されていなかったともいう。師匠は円喬、小円朝、遊三、鶴本の志ん生、めくらの小せん、三語楼。だれかれとなく師事し、よいものはなんでも吸収し自分のスタイルをつくっていった。16回も改名した落語家もそうそういないだろう。三遊亭朝太、三遊亭円菊、古今亭馬太郎、全亭武生、吉原朝馬、隅田川馬石、金原亭馬金、古今亭志ん馬、小金井芦風(講談師)、古今亭馬生、柳家東三楼、柳家ぎん馬、甚五郎、古今愛知志ん馬(二度目)、金原亭馬生、古今亭志ん生。何ものにもしばられない生き方がちょっとうらやましくさえもある。
野武士のような生き様から生まれてくる落語は、情景描写にこだわらず人々のふれあい生きる姿を描くことに尽きる。得意としたのは、第一に長屋話、次に廓ばなし。いずれも志ん生自身の人生と重なるところ。酒や女を芸の肥やしにするという話があるけれど、志ん生はまさにそれを地でやった人なのだろう。1956年に廓(くるわ)ばなしの『お直し』で芸術祭賞を受賞したのも志ん生ならでは。
文楽は噺が始まると文楽が消えるという。これはひとつの様式美を追った結果だともいえるけど、志ん生は何をやっても志ん生。それが時代を超えて愛される所以だろう。その代償として、独特の芸を継げるものがいないということになるのだけど。まさに志ん生の望むところだったのでは。
空襲を嫌いお酒を存分に飲めるという理由で、円生と満州慰問へ渡ったという逸話がある。これも諧謔性(かいぎゃくせい)と批判精神を持った志ん生ならではの選択だったのかもしれない。戦争中、真実に目をつむり、自らを欺いた人々の中にあって、自らに正直に生き自由であることをやめなかった証なのではないだろうか。
本書の対談の中でも言われているように、ビートタケシに似ているような気がしてならない。弟子に芸を継げない自由人は、生き方そのものが芸なのだと思う。
出囃子「一挺(いっちょう)入り」の飄々としたメロディが志ん生にはよく似合う。

<覚え>

結城昌治の『志ん生一代』
『大津絵』の一節
弟子のお勧め
『お直し』 『二階素見』 『居残り』 『品川心中』 『五人廻し』 『三枚起請』 『付き馬』 『錦の袈裟』 『文違い』 『首ッたけ』 『強飯の女郎買い』 『唐辛子屋政談』 『子別れ』 『文七元結』 『淀五郎』 『中村仲蔵』 『井戸の茶碗』 『柳田格之進』 『小間物屋政談』 『お富与三郎』 『名人長二』 『芝浜』 『江戸屋』 『立花』 『火焔太鼓』 『替り目』 『鮑のし』 『紙入れ』 『鰻の』 『氏子中』 『穴泥』 『もぐら泥』 『宮戸川』 『宿屋の富』 『浜野矩随』 『抜け雀』 『甚五郎』
スポンサーサイト

2007.04.08 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://slowfish.blog9.fc2.com/tb.php/1387-cf237d33

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。