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ベネット・ミラー

なかなか、深く重い映画でした。『冷血』を読んでいると余計にさまざまなことを考えてしまいます。
本のベリーが映画のカポーティに重なるというと言いすぎなのですが、「冷血」という言葉が、どちらかというとカポーティのほうに重なってしまうんですね。まちがっているかもしれないですが、それが一番感じたことです。
ベリーと話しながら、向かい合っているのはカポーティ自身とでも言えばいいのでしょうか。ベリーと会話すること記録すること自体が、カポーティのアイデンティティそのものだったのかもしれないと思ってしまいます。ベリーは、カポーティの冷徹な観察対象であっても、それ以上のものではない。かといって単なる作品の題材であったわけでもない。
一緒に育って、表玄関から出たものと裏玄関から出たものというカポーティの言葉にすべてが言い尽くされてしまうのかもしれません。ベリーの死と『冷血』の発表を最後とした作家として終焉が重なったのは、なるべくしてなったことだったのかもしれません。自らの肉体を切り刻むようにして書いた作品が『冷血』だったのだと思います。
ある日、自分のもうひとつのネガティブな人生を歩んだと思える人と出会ってしまったらどうでしょう。話しているうちに自分の今の人生にどんな影響を及ぼすのでしょう。なかなか怖い話です。事実は小説より奇なり。
このDVDを見て『冷血』を読むと、カポーティの顔が浮かんで読むのがつらくなりそうなので、両方という方は本を先にしたほうがいいと思います。

[本映画▼▼▼▼▽]
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2007.03.21 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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