上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

amazonへ

工藤 隆

古代が近代化という波にさらされたとき、ヤマト存亡の危機感から『古事記』の編纂がされたという。ただ、天皇の存在価値が下がることを防ごうとしたこの神格化も、縄文・弥生期的な話術・呪術などの原型生存型文明の結晶であった神祇官体制が政治主体から乖離して結果を招いてしまったようです。元明天皇の苦肉の策も必ずしもよい結果を出さなかったわけです。
太安万侶に編纂が支持された『古事記』は、自然に近いアミニズム(精霊信仰)、シャーニズム(原始呪術)を取りまとめて天皇を神格化するために書かれたもの。日本国の正史を目指した『日本書紀』が過去を簡単にまとめ複数の神話を紹介しているのに対し、『古事記』はひとつの体系だった神話のような形にまとめることに重きを置いています。天皇家を支える系譜づくりに神話の一本化ははずせないことだったのですね。
戦後は神道との関係も薄れ、『古事記』の神話、文学として価値が見直されてきたといいます。確かに古代民話の編纂も考えようによっては文学ともいえますね。『古事記』は漢民族との違いを明らかにするため、ヤマト語文脈を重視した結果としての和漢混交文体になっているそうで、ヤマト語の研究に有意義な資料にもなっているとのこと。日本の古代を探る意義ある資料にしている理由がこのあたりにもあるのでしょうね。『日本書記』が当時の現代を中心にまとめ将来に向けたものであった(実用書)のに対し、『古事記』は現代のよりどころをまとめたもの(歴史書)であったあたりもその魅力を高めているのかもしれません。
著者は柳田國男も届かなかった日本の古代へ向けて、『古事記』と日本に近い小数民族の風習を重ね合わせることによって迫り、切り捨てられた本来の神話の世界をあきらかにしようとしています。
『古事記』が文字で初めて書かれた神話であることから、それ以前の本来の神話を探る方法として、日本と関係したと思われるアジアの少数民族の暮らしに起源を探るのは仕方のないことだと思います。その中には、ヤマトに併合されたアイヌ民族やオキナワ民族も含まれていることは別の意味で考えさせられます。
伝統的な国文学者による原則に沿うと、文学作品の領域にとどまるべき、資料は文字文献や考古学的な遺物に限定すべき、祭式・民族芸能による場合も日本語普及地域内にとどめるべき、少数民族の無文字の歌資料は縄文期にまで影響を及ぼさないという考えになるのだそうです。そういう日本国文学界に一石を投じたいという著者の姿勢は心地よくさえあります。奔放な仮説を否定することは簡単ですが、その姿勢があってこそ閉塞した国文学研究に道が開かれるのではないでしょうか。無文字時代のあたらしい事実はこういうことの積み重ねから生まれると信じたいですね。
内容の面では、神話がもともと韻文で『古事記』が散文に置き換えたという話はおもしろく読みました。即興の歌の掛け合いなどで伝えられてきたというところは視点として興味深いですね。とくに恋の歌(歌垣)として語らえたところが多いというあたりは『古事記』の一面にもつながるようで一層身近に感じさせてくれます。国家運営のリアリズムと恋歌のロマンシズムが混在したものという解釈もなかなか楽しいものです。現実の甘さがある一方で「幽玄」「わび・さび」「粋」といった美意識を育てたと言われると日本の古層に秘められたロマンに思いが至ります。
無文字古層と文字新層交錯例としての同内容別表現の対の表現を例に三へのこだわりから国之の御中主を抜いた「三柱の神」とした話、日本国の正史を目指した『日本書記』では沖永良部島に残る兄弟始祖のようなものをおくことを嫌ったが、『古事記』では編者の古への希求が「五柱の神」に妹をあえてつけさせたとする推察。その他にも、イザナミの死による排泄文化、黄泉の国神話による死との折り合い、スサノオ神話による分析の拒絶、ヤマトタケルの死による古層の死生観など様々な仮説に胸ときめく一冊でした。   BOOK20

本[▼▼▼▼▽汁だく]
スポンサーサイト

2007.03.04 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://slowfish.blog9.fc2.com/tb.php/1349-77fda2aa

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。