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ガブリエル・ガルシア=マルケス (木村榮一訳)

医師フベナル・ウルビーノと結婚したあともフェルミーナ・ダーサを愛し続けたフロレンティーノ・アリーサの関係は50年以上にもおよび、これはもはや歴史といってもいいぐらい。
まさに生涯を貫き通した秘めたる愛の物語です。人生全体と愛の重みが変わらないどころか、愛のほうに重きが置かれるこの世界観に驚きを隠せません。それほどの愛があることを俄かには納得しがたい。それでもありえそうに思わせてしまうところが、ガルシア=マルケスなればこそなせる業ということでしょう。
人生の一部に愛というものがあるように思っていたこれまでの自分の価値観がこの本で変わってしまいそうです。愛のために人生があると。プラトニックというのは考え方ではなく生き方そのものの問題なのかもしれないと思えてきます。一途なフロレンティーノ・アリーサその人が、一方で600人をも超える女性遍歴を重ねていくがゆえに、皮肉にもプラトニックのもつ深遠な価値について考えさせられます。
舞台は19世紀のコロンビア。ガルシア=マルケスは愛だけにこだわっただけではなく、この時代の100年を描きたかったのだとか。シュトラウスのワルツが発表され、ビクトル・ユーゴーが亡くなり、ヨーロッパ企業が進出、マグダレーナ川の変貌しマナティが死滅した時代。河川事業(カリブ河川運輸会社=C.F.C.)を経営しながらも、一途な愛を注ぎ続けたフロレンティーノ・アリーサには、河川が荒廃してしまうことに気がつかなかったというあたりが、この本の目指した”愛”と”時代”を伝えているところなのかもしれませんね。時代の詳細を語ることなく時代のすべてを感じさせるうまさに舌を巻きます。
蔓延するコレラの熱に魘されるような人生、大河の流れに身をゆだねるように時代の波に飲み込まれる人生...たいした小説です。
医師フベナル・ウルビーノがオウムをつかまえようとしていてマンゴーの木から堕ち死ぬ話から、過去と現代に時間が分岐し徐々に収斂していくフロレンティーノ・アリーサの人生劇場にすっかりいい気分で酔ってしまいました。 BOOK54いびき
老境のフロレンティーノ・アリーサがフェルミーナ・ダーサへの手紙に書き続けていた、人生、愛、老年、死(430)がひと組の男女の生涯を通してひとつの線で結ばれるという壮大な絵巻物でした。
それにしても、南米を舞台にした物語はどうしてこれほど芳醇なのでしょう。貧しくとも豊かな文化を感じてしまうのはどうしてなのでしょうか。自然の豊かさ、人の温かさ、熱帯の気候、ラテン気質、それとも。それがわかるまでは南米小説からとても離れられません。

[本▼▼▼▼▼]
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2007.02.24 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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