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黙って生かせて

ヘルガ・シュナイダー

もとナチス親衛隊員でアウシュビッツ第二収容所ビルケナウの看守だった母親。
その母親に見捨てられ、成人の後もナチスを忘れたいという思いからオーストリアへ移り、結婚語はイタリアへ渡った著者。
ある日、母親の古い友達ギーゼラ・フライホルストからの手紙で母が老人ホームにいることを知る。
そして、50年近く会うことのなかった90歳近い母と、夫と別れ息子と二人暮らす娘が再開することに。

母親は当時何を感じていたのか。
心からナチスを受け入れ、残虐な行為を自らの意思で行っていたのか。
どうしても知りたかったのだと思う。
自分自身の存在にもかかわる問題なのだろう。
時間をおいた今、そこに何かひとつでも理解できること、自分を納得させられるものがほしかったのだろう。
時間が解決することを期待しながら、意を決して老人ホームを訪れる。
母の対応は、二人の隔たりを埋めるにはあまりにもきびしいもので、その本意がどこにあるのかさえ見えず振り回されるばかり。
親子であるがこそ感じるジレンマが続く。
ほんとうに記憶にないのか、それとも嘘なのか。
もし、嘘なら彼女の真意がいったいどこにあるのか...
懇願の涙と狡猾な笑みがくるくると入れ替わる。

世界各国でベストセラーとなった本です。
実の母を告発するかのような内容はこれまでのナチスを糾弾する書籍と一線を画しています。
読みやすい話しではありますが、傷あとの複雑さを痛感させられます。

内容はほとんど母と娘の会話で、二人芝居のようです。
ときおり、過去の回想やいっしょに老人ホームを訪れた従姉妹のエーファの気遣いの様子などが描かれる程度。
シンプルなやりとりに、戦争を繰り返す人間の本質を垣間見るようです。
自分の母がこうだったらと思うと、よりどころを失うような不安感に襲われます。

今年は、アウシュビッツ開放60周年だそうです。
苦い記憶を自省し、いつまでも忘れないように追いつづけるドイツに見習うことは多いですね。
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2005.01.26 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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