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村上 護

山頭火という俳人の名前は知っているものの、どういういう経歴をもった人なのかはほとんど知らなかった。ただ、表立って評されるタイプではないことだけはどこからということなく感じていた。
この本では、山頭火の人生に忠実にその軌跡を追ったもの。母の自殺に始まり親から引き継いだ酒造事業の失敗、頼られていた弟の自殺と不幸続き。東京に出ても熊本に戻っても何をやっても中途半端、それだけならまだしも深酒で自分を見失うこともしばしば。
時代は日清戦争の勝利に浮き立ち、日露戦争になだれ込み、昭和恐慌を迎え、関東大震災に見舞われた激動の時代。
自ら「煙霞の癖」といい、若いときより深く山水を愛して執着し、自然の美しさを求めてあちらこちらを旅する習癖をもったという。著者は宮本常一の「忘れられた日本人」の中で触れられている世間師の例を出し、村里には類型化されず、奔放な旅をしたものが多くいたことを紹介する。事実、山頭火の旅では世間師と呼ばれる人たちと木賃宿を共にすることも多かったらしい。
「全と個-永遠を刹那に於いて把握する。そして全と個において表現する。個を通して全を表現する」を繰り返し書いたという。これはチェーホフにも通ずるらしいが、彼の生き方の指針となっていたのだと思う。
言語という概念を排し、実在そのものを直接的に洞察する禅に惹かれ、さらに常乞食(托鉢)の道にすがった。このあたりが、山頭火の生き方をもっとも言い表しているのかもしれない。

 分け入っても分け入っても青い山

 濁れる水の流れつつ澄む

良寛や西行、一茶、芭蕉の漂白を好んだという。安住できる家庭を持てないから流転の人生を選んだのか、濁りから身を救うために流転が必要だったのか。いずれもが真実であるように感じる。
山頭火は、悩み苦しみそれでも生きた。なんとも人間味のある人だ。小さく弱い自分を大切にした人なのかもしれない。一生懸命生きつくした人生とその俳句に飾りのない真実が描かれているに違いない。

[本▼▼▼▼▽汁だく]
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2007.04.03 | 本  | トラックバック(0) | コメント(1) |

宮本常一 生誕100年 福岡フォーラム

5月27日(日) 13:00~17:00
アクロス福岡 円形ホール

フォーラム概要
主催者あいさつ[ 代表世話人 長岡秀世 ]13:00~13:10
ドキュメンタリー鑑賞[ "学問と情熱"シリーズから ]13:13~14:00
基調講演[ "家郷の訓"と私 原ひろ子 氏 城西国際大学客員教授 お茶の水女子大学名誉教授 ]14:05~15:20
パネルディスカッション[ コーディネーター 長岡秀世 ]15:35~16:45

パネリスト
武野要子 氏 (福岡大学名誉教授)
鈴木勇次 氏 (長崎ウエスレヤン大学教授)
新山玄雄 氏(NPO周防大島郷土大学理事 山口県周防大島町議会議長)
佐田尾信作 氏 (中国新聞記者)
藤井吉朗 氏 「畑と食卓を結ぶネットワーク」
照井善明 氏 (NPO日本民家再生リサイクル協会理事一級建築士)

作品展示
宮本純子[ 宮本常一名言至言書画作品 ]
瀬崎正人[ 離島里山虹彩クレヨン画作品 ]
鈴木幸雄[ 茅葺き民家油彩作品 ]

2007.05.26 05:26 URL | 宮本常一を語る会 #TTcm5AT6 [ 編集 ]












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