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工藤 美代子

第34、38、39代内閣総理大臣近衛文麿というひとりの人物を軸にした第二次世界大戦前後の現代史としてとてもおもしろく読めた。優柔不断と言われながらも、歴史の転機に少なからぬ関与をした近衛文麿に当時の日本の縮図を見る思いがする。
誰も望まぬ戦争をどうしてやってしまったのか、近衛文麿の判断がどうして受け入れられなかったのか、天皇は戦争にどういう形で関与していたのか、そして歴史はどう動いていったのか。この一冊を読むことで、当時の現場にいるかのような空気が感じられる。近衛の人物像もきっとこうだったに違いないと思えるもので、公人、私人のいずれについても嫌悪とも好感とも言いがたい人間近衛の姿が印象深い。
二・二六事件、日中戦争(支那事変)、日独伊三国軍事同盟、第二次世界大戦と歴史の激動する時代にあって、不戦を切望しながらも戦犯とされてしまった近衛の無念な気持ちを考えると、当時の日本そのものの姿と重なって悲しい。思いに反する現実と直面し受け入れていくことに、良しにつけ悪しきにつけどう折り合いをつけたかというのはこの本の読みどころともなっている。
象徴としての天皇ではなく、多少の実行力を持った当時の天皇の姿もきわめて人間的に描かれている。結局、実体はともあれ天皇に仕えていかなければいけない華族の立場が彼の人生を形作っていたのかもしれない。戦争責任を免れた天皇を明とすると、その暗の部分を背負ったのが近衛文麿のような気がしてならない。その彼のよりどころは最後まで天皇だけだったのではないかと思うと複雑な気持ちになる。生き様として、天皇も近衛も近くて遠からずという読後感が強く残る。二人の顔写真が重なって見えてくるのは気のせいだろうか。
当時の状況をあらためて読むと、日本は陸軍の暴走に手を焼き、ソ連の日本とアメリカでのスパイ活動にはめられ、欧州で政治判断を誤り、アメリカの世界政策の策略に翻弄され、東條による自暴自棄ともいえる無謀な戦争に駆り立てられただけということのように感じられる。戦後、吉田茂のとった判断が唯一の救いだったのかもしれない。
天皇、軍部、政治家の三つ巴の中途半端な無責任体制が、これを読むとよくわかりますね。

[本▼▼▼▼▼]
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2007.01.13 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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