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ヴァージニア・ウルフ(富田彬訳)

言わずと知れたヴァージニア・ウルフの代表作。これを読まずして海外文学好きとはいえないような強迫観念を感じていた作品。
読んでみるとさすがに名作の誉れ高いだけあって、かめばかむほど味が出そうな無限の賞味期限を感じさせてくれます。これを一言で言い表すことはむずかしいのですが、あえて言えば主題は「人生」そのものということでしょうか。名作の扱うテーマとその料理の仕方はとことん広いのでいつも感心させられます。
40代になって自分の人生に向き合うダロウェイ夫人。子供のころの友達だったピーターやヒューなどの関係は途絶えることなく続き、今また彼らを通して自分の生き方に目を向けることに。思いを寄せたもの同士が結ばれることなく数十年を経て、それぞれの運命や人生の不思議を改めて感じさせます。
何に幸せを感じるかは人それぞれだと思うけど、人間なんて自己喪失のふちに立ったような状態に直面しながら生きているのなもしれませんね。成功者であるはずのダロウェイ夫人の微かな不安が命を落としたセプティマスの姿にどうしても重なります。
目的も見失うほどに危うい状態の中で開かれるパーティにクラリッサの人生そのものを感ぜずにはいられません。
ピーターに呼びかける「今夜のわたしのパーティ!忘れないで、今夜のわたしのパーティ!」という言葉が印象的です。
小説の形式は「意識の流れ」を形にしたということらしいですが、これもなかなかの実験だったことだと思います。その体裁を整えてしまったのですからさぞや評価されたものかと思います。
もう一度、DVDで『ダロウェイ夫人』や『めぐりあう時間たち』を観てみたくなりました、この本をどういう解釈したのか楽しめそうです。

[本▼▼▼▼▼]
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2007.01.04 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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