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スラヴォイ ・ジジェク (岡崎玲子翻訳)

この新書は正直安直につくりすぎたきらいがあります。哲学者スラヴォイ・ジジェクの名前で新書を出せばなんとかなるだろうというような感じで、新書の悪いところが露呈してしまった典型。
どこが「人権と国家」なのかさえ疑問。そういうページもあるにはありますが、それも全体の一部でしかなく、インタビューの後半あたりは人となりを知るにしてもどんなものでしょう。
そうはいうものの自称左翼ファシストの視点は、現行の価値観のカウンターとして興味深いものでした。そろそろ冷戦終結後の社会に対するゆり戻しが起こり始めるのかもしれません。とくに原理主義の問題はあらためて考えさせられました。スラヴォイ・ジジェクのアメリカ中心の社会への問題提起はこれからも注目されていくように思います。右と左がいい意味で対立しなくなった今の時代に必要な人の一人なのではないでしょうか。
本題とは違いますが、この人ほんとに映画が好きみたいです。映画で思想や哲学を語るところがたくさんあります。それが一番おもしろかったかもしれません。
以下、目にとまったフレーズです。

カトリックのほうが法人組織の強まっているポストモダンの社会に適してきている
幸福の感覚を小規模なスケールでとらえ直すべき
テロリストは公共の善に考慮する利他主義ではなく、自己の利益を損なわせるような羨望やルサンチマンにより行動する
対象物の消費を妨げる障害こそが、欲望の対象としての地位を担保する
記号や中心がない、ポストモダンな日本
人権はその主な脅威である様々な原理主義的形態への対抗軸になる
人権とは結局権力の剰余に対する防御ではないだろうか


[本▼▼▼▽▽汁だく]
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2006.12.19 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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