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フランソワ・オゾン

余命を知ったとき人はいかに生きるか。
これほど深遠なテーマはないでしょうね。自分に自分の存在を問いかけざるをえなくなるわけで、とくに多少のことをする時間も残されている場合はなおさら。
生きるための関係を捨てる、余命の近い人にすがる、この世に自分の痕跡を残す...そんなことに意味を感じることさえなくなったときに人は何を思うのか。
死を感じて初めて生きる意味を知るともいいますが、口で言うほどたやすいことではないようです。想像もできないほどの脱力感や自分をとりまくすべてに意味を得られなくなったときに人に何ができるのでしょう。
フランソワ・オゾンの年齢でどうしてほういうテーマを映画にしようとしたのかわかりませんが、この答えを見つけられて生きられればすばらしい人生になるのかもしれません。
作品としては想像の範囲で、掘り下げに物足りなさを感じます。ただ、フランソワ・オゾンらしい雰囲気を感じることはできます。

[映画▼▼▼▽▽大盛]
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2006.12.04 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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