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井上寿一

このところアジアに目を向けようという話をよく耳にするようになった。靖国参拝に始まる東北アジアの国々による反日行動は無論のことの防衛や改憲問題などにみられるナショナリズムの観点から語られることも多くなっている。どうやら9.11以来のブッシュ政権を愚策による反アメリカ機運の高まりが背景にあるらしい。アメリカに頼らざるを得ないにもかかわらず、アジアとの新たな関係づくりが模索されているのは間違いなさそう。
著者は今の日本の状態を1930年代の満州事変から日中戦争の歴史に照らし合わせ、当時の「東亜共同体論」に教訓とすべきことはないかと問いかける。対米協調をとりながらアジア主義を目指すことの矛盾と可能性を当時の「アジア主義」の失敗に学ぶ必要を論じる。
本書で着目されている30年代は、軍部による中国侵略をカモフラージュする「アジア主義」と知識人が唱える文化的経済的提携を目指す「アジア主義」が相克した時代。そのふたつの政策が曖昧模糊としたまま自体は悪化の一途を辿り日中戦争が勃発する
緒戦の勝利を得ながらも中国情勢は安定することなく、国民の熱狂を鎮める手立てもないまま戦火は拡大したという。アメリカなくして満州国の一国すらを支えられなかった日本がドイツの欧州席巻に触発され東南アジアにまで侵略を拡大。イギリスに変わりアジア進出を目指したくも国民の同意がえられなかったルーズベルト大統領に真珠湾攻撃を契機として米国民の参戦への同意を与えることとなった。
中国のナショナリズムを見くびった関東軍参謀石原莞爾、ブロック経済ではなく自由主義経済を標榜した広田弘毅外相(後総理)、国防から何進を目指したロシア、中国の経済的利権の獲得を狙った欧米諸国の動きなどから30年代の「アジア主義」が検証される。侵略と支援が表裏一体あるいは紙一重となっていた当時の「アジア主義」に学ぶところは多い。ロシアからの防衛という地政学的な問題が大きく変容を遂げた現代に理想の「アジア主義」が生まれることを願ってやまない。
読後に自国の問題としてではなく、相手国のナショナリズムを考えることこそ肝要なのではないかと思う。
やや、当時の史実をなぞることにページを割かれすぎているきらいはあるものの、30年代の歴史に学ぶことの意義を感じるに足る内容でした。

[本▼▼▼▽▽特盛]
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2006.11.25 | 本  | トラックバック(1) | コメント(0) |












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広田弘毅
広田弘毅広田 弘毅(廣田 弘毅)(ひろた こうき、1878年(明治11年)2月14日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は日本の外交官、政治家。第32代内閣総理大臣。生涯 生い立ち 1878年2月14日、福岡県那珂郡 (筑前国)|那珂郡鍛冶町(現・福岡市中央区 (福岡市

2007.08.15 04:35 | あすかのblog

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