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前田 速夫

著者は元「新潮」編集長の前田速夫氏。『余多歩き 菊池山哉の人と学問』で読売文学賞受賞を受賞しています。その菊池山哉との出会いによって白山信仰への目を開かれたそうです。
「白の民俗学」の白とは、民俗学の暗部ともいえるもの。表にしてはいけないタブーとなってきたものだけに読んでいても気持ちのいいものではありません。ただ、柳田國男や折口信夫などが断片的に取り上げてきたものを”白”という切り口からつないで見せたところは新鮮な驚きを感じます。この本自体も3部作の最後になりますし、すでにどこかで書かれているものも多く含まれているようですが、タブーとされた謎に対して共に調査、研究をしているような醍醐味を感じます。勝者に作られた歴史に対し、敗者の歴史とも言える民俗学への興味がますます強くなりました。

話は加賀の白山にはじまります。白山信仰は有史以前の土着信仰に遡るものですが、大陸や朝鮮半島の信仰を加え宗教としての体裁を整えたとのこと。中興の祖といわれる泰澄(たいちょう)により850年ごろに開山したそうです。1670年前後から”白山”はシラヤマからハクサンと呼ばれるようになる。このあたりの入り組んだ白神の歴史が前半で語られます。その後は、その背後にある古代起源説に基づく、天皇と被差別部落、天皇と異民族の2大タブーまでにも話は及んでいきます。
白あるいはシラの呼称に関する記述では、起源を磯良(いそら)神にもとめ、シラ神と白山神、東北のオシラサマ、イタコ、さらにはアイヌのシラッキ・カムイなどとの関係。東の白山信仰と西のエビスや八幡神との関係の延長として、諏訪、稲荷、熊野などの代表的な民族信仰の成立の実態へも近づく可能性までが指摘されていきます。
沖縄の稲の産屋(うぶや)であるシラなどを紹介しながら、著者はシラの根源を自然に宿る精霊との考えを披露します。そして、シラに白の字があてられたときにそのシラ=白が聖なる面からケガレ(産の不浄)に転化すると指摘します。本来持つ両義性から生と死、死と再生の両極をつかさどるものであるとの考え方です。
中でも、元来ツミ・ケガレを負ったのは神であったが、あるときから代替物である被差別民にすりかえられたという話はとても興味深いものでした。神の姿が見失われると、自らのケガレを他者に負わせるという構造。身分外の身分としてつくられた天皇家の血筋と被差別者の血筋は同じ穴のムジナとまで言及しています。ともに社会秩序維持のためのスケープゴードだと。
死と豊穣、死と生殖、白の浄化と再生などシラ=白の奥に潜む歴史の流れに興味が尽きません。本書の内容をこの程度の言葉で表わすのは無謀と思われます。正直コメントをまとめるのに梃子摺りました。興味のある方はぜひ一度お手にとられることをおすすめします。

<覚え>
海上の道
民俗学における他界観念
月山

[本▼▼▼▼▽大盛]
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2006.10.14 | 本  | トラックバック(0) | コメント(2) |

これ、3部作だったのですか。
教えていただいてよかったです。
是非、読んでみたいのですが、
Amazonでは品切れで、出版社の方で重版中のようです。
重版ができるのを待ちたいと思います。
3部作の他の2作も気になりますね。

2006.10.14 15:07 URL | LIN #- [ 編集 ]

たぶん、この本が3部作のまとめになっているのではいかと思うのですが、4部目はないのかという期待のほうも高まりますね。結論の出てないものをいっしょに追いかけてみたいという気分です。
この方の興味関心が広いので、とちらかったような内容ではありますが、そこも共有感を感じるところかも知れません。
また、LINさんの感想も聞かせてください。

2006.10.14 21:32 URL | uota #ogz9v/Dw [ 編集 ]












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