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デザインのデザイン

原 研哉

なにを隠そう、子供のころの夢は工業デザイナーになることでした。
車をはじめとしていろいろな工業製品のデザインをしたいと思っていました。
と言うわけで少なからずデザインには興味があります。

この本は「デザインとは」についてグラフィックデザイナーの原研哉氏がまとめたものです。
本書によると、繊細な感受性を無視した機械生産に反発したジョン・ラスキンとウイリアム・モリスの活動がデザインのはじまりなのだそうです。
どちらかというと社会主義的な発想をデザイン思想の土台に持っていたというのがおもしろいところです。
1919年には有名なバウハウス(ワイマールに創設された造形教育期間)が活動を始めることになります。
それらの活動を通じてモダニズムという枠組みの中で、デザインという概念が成熟していったのですね。
当然のことながら時代の流れは機械生産にあり、経済に牽引されるかたちでデザインは発展していきます。
とくにアメリカにおいては、消費を鼓舞する「新奇性」を体現するための「スタイルチェンジ」として重用されたというあたりの話は最も腑に落ちました。
今日あるものを明日古くみせるためにですね。
とは言うものの、デザインは経済の軍門に降ってしまったわけではなく、本来の役割として日常の見直しを期待されているというのが著者の主張です。
一時のファッションとしてではなくて、古くからある日常の見直しはデザインの大切な役割だと説明しています。
これからのデザインを考える上でとても興味深い話ですね。
デザイン自体にコミュニュケーションを求める氏の姿勢にも共感します。

ここからさきはその事例紹介などなど。
四角い紙筒のトイレットペーパーのデザインとしての有用性。
1983年に西友のプライベートブランドから脱し青山に1号店を出店した無印良品のそぎ落とし発想。
深澤直人がデザインし世界的な評価を受けた壁掛けCDプレイヤーのこと。
味気ない日本の住宅もスケルトンではなく、内側の生活空間(インフィル)をまじめに考えれば住み心地がよくなるという話もうなずけます。
谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」が日本のデザインの花伝書というのもいい。羊羹は暗闇で食べるものだという話もすごく説得力を持って聞こえました。
西欧文明が入ってこなければ、確かに日本のデザインの花伝書になったかもしれない。

この本を読んで、あらためてデザインの奥深さを感じました。
そのさわりのところが少しわかったぐらいか、もしくはわかったような気になっただけかもしれません。
ただ、消費の促進ではなく日常を見直し豊かにするデザインを考えた生活をしたいと思います。

最近、無印良品で買った綿のバックをよく使います。
山菜取りに使われるものを模した2WAYのバッグなのだそうですが、仕切りもなければファスナーもポケットもなにもついてない。
無印良品のコンセプト(EMPTINESS=省略)を体現したかのように、余分なものをすべてそぎ落としたデザイン。
ところがこれが意外に使いやすく、私にとっては驚きの発見でした。
日常品の視点を変えてくれるようなデザインとたくさん出会いたいと思います。
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2005.02.15 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |












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