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『ブッダは、なぜ子を捨てたか』というタイトルはちょっといただけないかも。これは、ブッダの思いから今日の日本に至る仏教の変遷を書いた本とみたほうが納得がいく。仏教の原点に立ち返ってみようという試みです。もちろんブッダが子供を捨てたことにはじまっていることは間違いないのですけどね。
誕生し結婚するまでのブッダをシダールタ、悟りを開く前のブッダをシャカと呼びます。まずシダールタが家を出た背景にヒンドゥー教の「四住期」というものがあるそうです。禁欲の学業期として「学生期」、結婚し神々を祀り家業に従事する「家住期」、家長が家出て夢を実行に移そうとする「林住期」、そして家族のもとに戻らず聖者への道とも言える遊行者となる「遊行期(遁世期)」がその4つのステージ。最後の「遊行期」に至る人はごく一部だそうです。こういったインドでの人生の考え方が仏教の誕生に寄与したのかもしれません。
「家住期」にあったシャカには息子ラーフラが生れますが、この誕生直後に家を出たという南方系伝承と、出てから6年後の成道時に生れたという北方系伝承があるそうです。後者には神聖な誕生とする見方と不義の子という見方があるようです。いずれにしても、生後7日で母を失った19歳のシャカが自身の親も悪魔と名づけた実子をも捨てた家出は彼の単なるエゴにすぎなかったとしています。
あのガンディーも夫婦関係を閉ざし、子供の結婚と出産に反対したという例が紹介されています。その行き着くさきには、本人さえ気づかない「自己を捨てる(無我)」という大儀があったというわけです。シャカにとってのその第一歩が我が子を捨てるというエゴであり無我への欲求だったようです。「天上天下唯我独尊」がブッダの言葉だと聞くと納得できる気もします。
後半はブッダの考えがいかに伝えられていったかという話。小乗仏教が個人主義なものということで衰退し、大乗仏教が栄えたことは周知の事実です。インドの仏教のもととなっている四つの心理と八つの行動を唱えた「四諦八道」と「縁起」に対し、日本では「無常感」や「浄土希求」が中心となりました。ブッダの悟りを開いた乾いた土地と日本の湿った環境の違いなども影響しているようです。
「我」の否定より「心」の浄化を求めたのが日本の仏教だったそうです。そして、江戸時代の檀家=墓制度の確立とともに先祖崇拝による「葬式仏教」に転じたのだと。こういわれると日本人の仏教がもともとの哲学とは程遠いものと化していることがよくわかります。
日本仏教のもうひとつのおもしろさは「秘仏化」(仏教の神道化)と「神像化」(神道の仏教化)により神仏が融合したというところ。著者は自然をもとにしたカミと仏教をもとにしたホトケが死を媒介としてヒト=カミ=ホトケの等式を作り上げたと指摘します。本書では明治政府による「伊勢」への神々の一元化が、自然への崇拝を奪うと反対した熊楠の話などにも触れられています。
この本は、仏教がいかなるものとして生まれ、現代の私たちに受け継がれているかを知るのにとてもよい本です。仏教に関していい加減だとか当たり前のこととして片付けてしまっていることの真実を知るのにいいですね。

[本▼▼▼▼▽]
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2006.10.21 | 本  | トラックバック(0) | コメント(6) |