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町田 康

明解さんによると”飄然”というのは、「特に目的・用件もなく、ふらりとやって来たり立ち去ったりする様子だ」となっている。「だ」と強く言い切っているところが明解さんらしい。
この本を読んで驚いたのは、町田康が東京居住者だったということ。にもかかわらずあの大阪風情。なかなかがんばっておられますね。下町言葉まで駆使している文章を読むにつけ、この人はリズムの人なのだろうなとあらためて思いました。
忙しい生活へのアンチテーゼとしての”飄然”なわけですが、”飄然”であろうとして四苦八苦しているところがこの本のおもしろさか。出会う人にはことごとくなめられ、物言わぬものに対してはめいっぱい突っ込む。とくに飲食店の人と飄然者のギャップがおかしい。町田さん自身は、どこまで話をつくっているのかわりませんが、明治から大正のころにはこんな滑稽な人がたくさんいたような気がします。
飄然者は脱俗的であり高踏的であろうとする心意気が求められ、便利であるものに疑問を持ち、無用なものに意味づけをしたりするのだそうです。町田流の生き方は唯物主義や合理主義に対する挑戦のようにも見えますし、一律的な価値感への抵抗のようでもります。そこはもとパンク青年だっただけあります。
これは、東京であろうがなかろうが、語り口がおもしろかろうがなかろうが関係なく、考え方や生き方の問題。目的もなく歩く先は、江ノ島でも新橋でも上野でもどこでもよいわけです。それが串揚げでも栄光のオランダ・フランドル絵画展でも同じこと。物や形、目的や時間といったものにとらわれず、見かけたものや起こったことを存分に楽しめるなんていいですね。自分目線を持った大阪つっこみ型のほうが間違いなく充実した人生をすごせそうに思います。東京人へもうひとつの生活を提案されているようでもありました。

[本▼▼▼▽▽大盛]

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2005.12.19 | 本  | トラックバック(1) | コメント(2) |