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82歳の日記

メイ・サートン

このタイトルの年齢と日記という言葉に惹かれて読み始めた。
人生の最晩年になったときに人は何を考えながら過ごすのだろう。
そのときにならなければわからないことがきっとあるはず。
音楽でも小説でも人として円熟した晩年の作品にどうしても関心が向いてしまう。
きっとその人が生涯を懸けてこそ到達する心境があると思うからだろう。
メイ・サートンは詩や小説を書く作家だが、その評価は晩年の日記にあるのだという。
本や映画、草花そしてたくさんの来訪者や猫のピエロとの交流の日々が日記に綴られている。
自分の年齢ではその一部を感じ取るにすぎないのだろうけれど、1日1日の言葉に彼女が過ごしてきた人生の凝縮を感じる。
老練な筆致とものの見方が心を静めてくれる。
窓辺から穏やかに夕日を眺めている様子が目に浮かぶようだ。

きょうは、喉を鳴らしているピエロをわきにおいて横にりながら、あらためて孤独について考える。孤独のなかでこそ、わたしたちは自分自身になる。けれど、もし自己というものがなければ、どうしたらいいだろうか、それを思うとこわい。真の自己をもたない人もいるのだ。しかも自分ひとりでいてもつねに葛藤はあり、どんな些細なことであっても他人との関係で問題をかかえている。これまで、わたしは孤独は自己の豊かさを意味し、寂しさは自分の貧しさを表すとよく言っていたので、今日はそれをすこしでも違うかたちで考えられるのはいいことだ。

彼女はこの本を最後に亡くなった。
レズビアンとして生き、晩年は一人海辺に居を構えた。
そして、人々との交流を持ちながらも孤独と向き合い、83年の生涯を閉じた。
老いを受け入れつつも豊かな心を持って人生を終えられることの幸せを感じる。
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2004.10.24 | 本  | トラックバック(0) | コメント(0) |